【斉木楠雄のΨ難 1】
□【 Ψドストーリー】
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※前ページ『贅沢な世界』の楠雄視点のお話です。
Ψ【誰も知らない】
名前の両親である名字夫妻は揃って世界的にも有名な考古学の専門家で、僕らが幼い頃から日本はおろか世界の各地を飛び回っている忙しい人たちだった。
それでもおばさんは名前が中学校に上がるまでは仕事量をセーブして、おじさんの分まで一人娘と一緒に過ごそうと努めていた人だ。おじさんもたまに帰って来れた時は、名前のことをそれはもう (ウザいくらいに) 可愛がっていた。
そんな二人の愛情を正面から余すことなく受けて育った名前は、小学生になる頃には両親の仕事に理解を示して、自分から進んで協力するようになっていった。
だから僕の両親…取り分け専業主婦である僕の母の協力もあって、名字のおばさんは予定していたよりもずっと早く仕事に本格的に復帰することになる。
僕は名前が自分の親の仕事を本当に誇りに思っていることを知っていたし、
でもその反面、彼女が笑顔の下に寂しい気持ちを抱えていたことも知っていた。
厄介なことにそのどちらもが名前の本心である以上、僕に出来ることは彼女のその気持ちのバランスを見守っていくことだった。
生まれついて持っていた超能力のせいで、僕が真っ暗な世界にいた頃。
名前はそんな世界にもひとすじの光を差し込んでくれた。
そんな彼女がつらい時には、必ず僕はそばにいる。
それは僕が幼い頃にたてた、誰にも話してはいない誓いだった。
やがて名前の子供ながらに両親を想う健気なその気持ちは、ある年の彼女の誕生日をきっかけにちょっとした騒動になるのだが。
…ぶっちゃけその時のことは、僕はあまり思い出したくはなかったりする。
なぜなら僕は、落ち込んでいる名前に対してまったくうまく立ち回ってやれない自分の不甲斐なさを、この時程つよく思い知ったことはなかったからだ。
だからもう、この話はこれでおしまいにさせてもらいたい。
───でも。
『くーちゃんありがとう!』
あの日散々に泣きまくったはずの名前が一日の終わりに僕に向けてくれたのは、あの頃久しぶりに見る彼女の心からの笑顔だった。
名字家の人たちは、本当に不思議な人たちで。
兄の超人的な頭脳や僕の超能力をあっさりと受け入れた割に、それを自分たちのために利用しようとする考えが揃ってまったく浮かんで来ないという人たちだった。
実の父でさえ、瞬間移動で会社に運んでなんて頼み事をしてくることはざらなのに。
僕の超能力を "自分たちの為に使って欲しい" とか。
あの人たちは、そんなことはいつも露程も望まないんだ。
[ねえ、ママ。なんで神は人間という愚かで醜い生物を創ったの?]
齢2歳にして、すでにそんな厭世感をバリバリに抱いていた僕。
それでもそんな醜い世界を破滅に追い込まずに済んだのは、家族と少なからず存在する心優しい人たちや───名字家のみんなのおかげだと思っている。
(くーちゃんが超能力者でよかった)
これはあの日、大泣きに泣きまくったあととは思えないくらいの満面の笑顔で僕にお礼を言った時に、名前が心のなかで思っていたことだ。
そう、確かに。
僕もあの夜程、自分が超能力者でよかったと思ったことはない。
スプーンを曲げられたって、伏せられたカードが透けて見えたって、スロットマシンでお金をたくさん吐き出せたって何もうれしくはなかった。
他人の考えがわかったって、これっぽっちもいいことなんてなくて。
でもあの夜、僕が名前を連れてS県―九州間を一瞬で行き来することが出来たのは、超能力を持っていたおかげで。
超能力を使って名前を笑顔にしてやれたことで僕も、生まれて初めて "超能力者でよかった" と思えたんだ。
世界を救う力なんていらない。僕は正義の味方でもなんでもないから。
僕の力は、そんなに大層なものじゃなくていい。
だけど "名前に笑顔でいて欲しい" と望むことが、イコール結果的に地球や人類の危機を6度救うことになっているという矛盾には、僕自身気付いてはいてもどうにもならないジレンマを抱えていたりはするのだが。
そして僕はあの日、ひとつだけ名前に嘘をついていた。
それを "嘘" というのが果たして適切な表現かどうか…隠し事とでもいうか、まあ要は僕の、勝手なプライドの問題なのだけれど。
そう。それは、あの日満面の笑顔で誕生日祝いの席に座っていた名前が、本当はひどく寂しいという気持ちを抱えていたこと。それ以前にもずっと、色々なことを我慢していたこと。
彼女のその気持ちに僕は、きっと超能力なんかがなくたって気が付いていたんだと───それだけは、生まれる前から一緒に育ってきた幼なじみとして自負している。
…なんて。
やはりこんなことは絶対、誰も知らない僕の秘密だ。
【初恋のΨ難 Ψドストーリー】
Ψ【誰も知らない】
おわり
2014.11.18
2016.06.23 加筆修正