【斉木楠雄のΨ難 1】
□【 Ψドストーリー】
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Ψ【贅沢な世界】
私の両親は、私の物心がつくよりも前から揃って仕事がとても忙しいひとたちだった。
それでも私は、母がそんな多忙なスケジュールのなかでまだ幼い私となるべく一緒に過ごそうと努力してくれていたことを幼心にも感じ取っていたし、たまに会える父からも強い愛情を感じることが出来たから、小学校に上がる頃には自分から進んで両親の仕事を応援するようになった。
そして何よりも。
まだ幼かった頃から私が両親の仕事を理解して応援することが出来たのは、お隣に住む斉木家のみんなのおかげだと思っている。
「いや〜うちは男の子ばっかりだから女の子がいると華やぐなあ」
「なまえちゃん おやつできましたよ〜♪」
私の両親と親友同士の國春おじさんと久留美おばさんは、私の両親が仕事でどうしても揃って家を空けることになってしまった時、私のことを快く自分たちの家に迎い入れて本当の家族のように接してくれた優しい人たちだ。
だから学校から帰って自分の家には誰もいないことが多かったけれど、そのおかげで私はそれが寂しいなんて感じたことは数える程もなかった。
「名前ちゃん、僕のおやつもあげるよ」
「ありがとう くーすけお兄ちゃん!」
それから國春おじさんたちには二人の息子がいて、その一人が2歳年上の空助ちゃんだ。
お兄ちゃん (なんでか本人にそう呼んでねとお願いされた) は、14歳の時に飛び級でケンブリッジ大学に入学したとっても優秀な人だった。同時に彼はある理由から自己鍛練にとても余念のない人で、うちの両親よりもずっとずっと家を空けることが多かったけど、それでもたまに帰って来た時はとても優しくしてくれる面倒見のいいお兄ちゃんだった。
「名前 ごめんね!どうしてもお母さんたちが揃って出ないといけない仕事が遠くであって、今年の名前のお誕生日祝いは次の日になっちゃうわ」
「うん、だいじょうぶ。お仕事だから仕方ないよ」
「本当にごめんね!次の日は絶対にお父さんも一緒にお祝いするからね!」
ある年の私の誕生日。以前から約束していた家族揃ってのお祝いが、突然舞い込んだ父の大仕事で次の日に延期になったことがあった。
当時まだその世界ではかなり年若かった両親が、普段の仕事でどれだけ苦労をしているか知っていた私は、それが二人にとってどれだけ大きなチャンスなのかがわかったから、ワガママを言ってゴネるようなことは勿論絶対にしなかった。
───でも。
本当はその日、私は一緒に両親と過ごしたいと思っていた。
両親は無理でも久留美おばさんたちは予定通りにお祝いをしてくれると言ってくれたし、次の日にはちゃんと家族揃ってお祝いをすることになっていたけれど。
でも本当は、お父さんにもお母さんにもその日のうちに会って、おめでとうと言ってほしいと思ってた。
(お父さんとお母さんはすごく大切なお仕事をしているんだもん)
(ワガママ言ってこまらせたくないし、)
(ガマンしないとダメなんだ)
表向き笑っていても、本当の本音は両親には言えない。
つよく望んでいる時程、平気なフリをしてしまう。
かつては "思ったことしか言っていない" と口にして憚らなかった私は、自分でも気付かないうちにいつのまにかそんな子供になってしまっていたんだ。
[───ナマエ。これからおじさんたちに会いに行くぞ]
「えっ?」
そうしてそれは、その年斉木家で開いてくれた誕生日パーティーが終わってからのことだった。
両親がいない夜は斉木家にお泊まりをすることになっていた私は、その日もあとはお風呂に入って寝るだけだったのに。
お風呂へ向かおうとした私をそう言って引き止めたのは、斉木家のもう一人の息子で私と同い年の楠雄だった。
「えっ?な、なに言ってるの?くーちゃん」
[いま千里眼で見た。おじさんもおばさんも会議が終わってホテルに着く頃だから。それからおまえに電話でおめでとうって言おうとしてる]
「え、」
[その前に、ちゃんと会っておめでとうって言ってもらえばいい]
「 ! 」
幼なじみのそんな突然の提案に、私は心臓がビックリしたのをいまでも覚えている。
この夜両親は、遠く離れた九州で開かれた学会に出席していて。
"これから数分後にかかってくる電話が繋がるよりも早く会いに行く" なんて、サラッと言えるような距離には到底いなかった。
だから、そんなの無理だよと普通なら笑い飛ばすことだって出来たのに。
それでも私が楠雄のその提案に驚いてはいても、それが可能か不可能かについてはまったく考える余地がなかったのは、"楠雄にはそれが出来る" ということを私は知っていたからで。
そもそもの話。これから両親から私宛に電話がかかってくるとあっさり断言する楠雄のその発言も、何も知らない人にとっては不思議でたまらないことに違いない。
だけど私は知っていたから。
幼なじみの彼が───楠雄がそれらを可能にすることが出来る、超能力者だということを。
九州にいるはずの両親の会話を見聞きしたというのは千里眼という能力で、そんな遠く離れた場所にも一瞬で移動することが出来るのは、瞬間移動という能力だった。
他にも楠雄はたくさんの超能力を使うことが出来たけど、それは当時彼の家族と私の家族だけが知っている秘密だったのだ。
"超能力" は、"普通じゃない" 力だから。
普通じゃないから隠さなければいけないという理屈は、彼の超能力が普通のことだった幼い頃の私にはまだあまりよくわからなかったけれど。
"もし楠雄の超能力が世間にバレたら、楠雄はあんな風に連れてかれちゃうのよ" って。
ある日のテレビ番組で流れた、あの有名な両脇をコートを着たおじさんに抱えられながら連れていかれる宇宙人の映像を観ながら母にそう言われてから私は怖くなって、しばらくの間ずっと貝のように口を閉ざしたことがあったのは、いまでもたまに蒸し返される笑い話だったりする。
[僕には隠しごとが出来ないって、おまえはよくわかってるだろ]
「 ! 」
どうしよう、どうしよう。
そうしてぐるぐると考え込んでしまった私を落ち着かせるように頭のなかに直接響いたのは、至極冷静な楠雄の "声" だった。
私はまだ赤ちゃんだった頃から、彼のこの声を "聴いて" 育ってきた。
楠雄が直接声に出さなくても話せるように、
私の心の声も彼にはしっかりと届いていることを、私はやっぱり知っていたはずなのに。
そう、彼は知っていたんだ。
両親の前では必要以上にいい子であろうとしてしまっていたこの頃の私の、"本当の心の声" を。
[ちゃんと口に出して言えよ。おまえの本当の気持ち]
(くーちゃん・・・)
[どうせそんなの僕には全然まったく "隠せてない" んだから───だから言っていいんだよ、ナマエ。おまえが本当に望んでいることがあるだろ?]
「うっ、うぇっ、くーちゃ、」
[・・・泣きだすくらいなら、さっさと素直に言っちゃえよ]
「・・・っ、」
私の本当の本音をとうに知っていた楠雄は、無表情でぶっきらぼうにそう言った。
それでも目の前に差し出された彼の手は、とても優しくて温かくて。
「わたし、おとうさんとおかあさんに会いたいよ──・・」
恥ずかしいことに私は、そう言って楠雄の腕のなかで大号泣してしまったんだ。
───さて、その後。
私の泣き声にビックリした國春おじさんたちがてんやわんやになる中でも、こんな涙のたったひとつも止めることが出来なかった私は、素直に楠雄に連れられて九州にいる両親に会いに行ったのだけれど。
そんな私の涙のあとに気付かない程私の両親も鈍感な人たちではなかったので、私が誕生日に両親と過ごせないことが寂しくて大号泣してしまったことも、私の本音もすっかりバレてしまうことになる。
「ごめんね名前〜!」
「ごめんなー!!誕生日おめでとう!!!」
だけど。でもそうしたら、私よりも全然大人なはずの両親は揃って泣きながら謝ってきて。
"ああ、寂しいのはわたしだけじゃなかったんだ" って。
そう思ったら、私のそれまで感じていた寂しさたちは、ビックリするくらいに遠くにいってしまった。
(本当に寂しいときは、寂しいっていっていいんだ)
たったそれだけで、気持ちはすごく軽くなれたんだ。
・・・って。今度こそ本当に本当の心の声で楠雄にそう言ったら、
[おまえは本当に単純だな]
そう言って、楠雄には肩を竦めて呆れた視線と声を向けられてしまったけど。
でもね、私は本当に思ったんだよ。
世界中にたった一人でも、私の本当の声を聴いてくれているひとがいて、
"本当の本音で泣いてもいい場所がある"。
それってすごくしあわせで、贅沢なことなんだなって。
"楠雄が超能力者でよかった" って。
心の底から、生まれて初めてそう思ったんだ。
【初恋のΨ難 Ψドストーリー】
Ψ【贅沢な世界】
おわり
2014.10.28
2017.05.13 加筆修正