【斉木楠雄のΨ難 1】
□【 Ψドストーリー】
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Ψ【まだ恋は始まらない】
「ひゃあん!でで出たぁ!!うわっ!!うっわ!!黒っ!!コイツ黒!!かーさん!?かーさん!!ママー!!ママー!!」
日曜日の午後。久留美おばさんと一緒にのんびりとお茶を飲んでいたら、國春おじさんの絶叫が家中に響き渡った。
「あらあら」
おばさんはそれを聞いて、慣れた感じで絶叫がした部屋の方向へと向かって行った。
どうやら斉木家の男性陣が揃って苦手な、"黒いヤツ" が出たようだ。
人類最強を自称する我が幼なじみ殿も、"行動が読めない" という理由でそれを嫌っていることを、私は当然知っている。
お土産のチョコレートと見間違えて瞬間移動で逃げちゃうくらいだから、もうとにかく相当に苦手なんだろうなあ。(あ・いま "ウルサイ" ってツッコミが2階にいる本人から頭の中に直接届いてしまった)
「ごめんね〜なまえちゃん、パパったら騒がしくって」
「ううん大丈夫〜。もう処理したの?」
「うふふ、しっかりと森に帰してやったわ〜」
「さすがおばさん!」
ニコニコと満面の笑みで戻ってきたおばさんは、満足げにVサインをしてくる。
きっといつも "黒いヤツ" が現れると披露する、あの熟練の内野手のような華麗な手付きでキャッチしてリリースしたんだろうなと、私は以前に何度か見たことのあるその光景を思い出しながら思った。
久留美おばさんは、虫をまったくを怖がらない。
田舎育ちのおばさんにとってはあの "黒いヤツ" も、セミやホタルやカブトムシと同じ括りに分類されるみたいだ。
こんな風におっとりほんわかしているように見えて、いざと言う時はそこらへんの男の人よりもよっぽど頼りになるなあ。
さっきのおじさんの絶叫を思い出して比べると、それは一目瞭然な事実だった。
( ───あ。)
そこでふとかねがね思っていた疑問が頭を掠めて、私は持っていたマグカップをテーブルに置くと、おばさんに問いかける。
「ねえ久留美おばさん。おばさんて、どうして國春おじさんと結婚したの?」
「えっ、や、やだなあに?なまえちゃんたらいきなり!」
それは本当に、素朴な疑問。
別に私は國春おじさんのことは嫌いじゃないし、むしろ優しくておもしろくて大好きだけど。
でもいつも久留美おばさんがテレビや雑誌を観ていてキャーキャーと騒いでいるのは、俳優の六神 通とかジャニーズとか。そういう、所謂 "イケメン" の部類に入るような人たちだから。
ぶっちゃけそんな彼らと雰囲気すらかすっていない國春おじさんの、一体どこがどう決め手になって結婚を決めたのかな〜って、思っただけなんだけど。
正直、結婚どころか恋というものもよくわかっていないいまの私には、それはすっかりと謎なことだった。
「うーんと、そうねえ〜」
自分の部屋にいるくーちゃんから 、"ぶっちゃけ過ぎだろ" っていうツッコミがまた届いたので、私は苦笑いを浮かべる。心の声が聴こえる楠雄には隠し事をしても意味がないので、私はいつもこんな感じだけど。
私の質問に顔を赤く染めたおばさんは、パタパタと火照る頬を手のひらで扇いでいて。やっぱりおばさんはかわいいなあって、その仕草を見ながら改めて思った。
「もちろん結婚しようと思ったのはパパが素敵な人だったからだけど・・・一番の決め手は、"この人といたら、毎日一生笑って幸せに暮らせるかなあ" って思ったからかしらね」
「 ! 」
えへへって。またかわいらしい仕草で小首を傾げるおばさんに、私は目を瞠る。
そのとろけるような笑顔は、本当に本当に幸せそうで。いまでも國春おじさんに恋をしているって、よく伝わってくる目だった。
「なまえちゃんもいつか結婚を決める時は、参考にしてみてね?」
"なーんちゃって!"
そうアドバイスしてきたかと思ったら、照れまくったおばさんはそのままキッチンに避難してしまった。あ、もうそろそろ夕飯の準備が始まる時間だった。
「 ・・・ "毎日一生笑って幸せに暮らせるか相手" かあ、」
おばさんの言葉を、私はもう一度繰り返す。
確かに國春おじさんとなら、おもしろくて楽しくて。毎日笑って暮らせるかなあって思う。
(ねえ、くーちゃんにはそんな人いないの?)
同じようにこのアドバイスを聞いていたであろう幼なじみに、私は問いかけてみる。
"僕は一生恋なんてすることはない。"
齢3歳にしてそんなことを口にしていた (らしい) 楠雄。そしてその言葉通りに、これまで私は彼のそういった話は全然まったく聞いたことがない。
でも以前ならばともかく、高校が別になってからのことはわからないし。
だから何気なく訊いてみたこの質問は、少しだけ私の心に謎のチクチクした痛みとモヤモヤをもたらした。
[・・・・・・と言うか、あんなことを言って割としょっちゅうどうでもいいことでケンカしているぞ、あの二人]
(うああっ・確かに!)
やがてその無自覚な不快感をもて余していると、沈黙の後に返って来たのはそんな身も蓋もない返答で。
だけどそれを聞いて私も、おじさんとおばさんがつい最近もコーヒーゼリーを食べた・食べないで大喧嘩していたことを思い出してハッとする。
(むー・・結婚てのは、むつかしいねえ)
[彼氏もいない癖におまえがそんなことで悩む必要性がないだろう]
(あ・それさりげなくひどい。まあそれはそうなんだけど───あ。)
[今度はなんだ]
(んー?あのね?そう考えるなら私は、くーちゃんとなら毎日一生、飽きないで楽しく暮らせるかもしれないなあって思ってさ)
[ ! ]
毎日一生、笑って幸せに暮らせる相手。
久留美おばさんの基準で考えたら、なんとなく。本当にこれまたなんとなく、そんなことが頭をスッとよぎった。
だからってもちろん、イコール=結婚て結び付けた訳じゃないんだけれど。
「なまえちゃーん、お野菜の皮剥き手伝って〜」
「あ・はぁーい!」
今度、うちの両親sにも色々と訊いてみようっと。
おばさんにヘルプをかけられて、私は思考をパタリと切り換える。
まさかこの時自分がなんとなく口にした言葉で、2階にいる幼なじみがこれまで見せたことがないくらいに顔を真っ赤にしていることも知らずに───そのまますぐに、キッチンへとお手伝いに向かったのだった。
【初恋のΨ難 Ψドストーリー】
Ψ【まだ恋は始まらない】
おわり!
2014.04.19
2017.05.13 加筆修正