【斉木楠雄のΨ難 1】

□【 Ψドストーリー】
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Ψ【すくい て】











「花火すっごく綺麗だったね〜!」

[そうだな]

夏祭りのフィナーレに打ち上げられた花火を見たばかりの名前は、帰り道もいまだ興奮冷めやらぬといった様子でご機嫌に楠雄の隣を歩いていた。

楠雄の母に着付けてもらった浴衣を着てご満悦な足取りは、普段の彼女のそれよりも随分と軽快だ。

カランコロン。そんな名前の足もとでは、履いている下駄の小気味いい音が鳴っている。祭りの人混みでテレパシーも機能しなくなる程にたくさんの "声" を聴かされていた楠雄にとっては、それは何ともいい清涼剤だった。

「今年の夏休みはほとんど受験勉強で潰しちゃったけど、やっぱりお祭りは行けてよかったかも!」

[人間休息は必要だしな。それにおまえみたいなタイプはたまに息抜きをしておかないと、ガスが溜まっていずれ爆発しそうだ]

「あっ、ひとをオナラ人間みたく言わないでください〜せめてストレスと言って!」

唇を尖らせて抗議してくる名前を横目に、楠雄もオナラ人間てナンダというツッコミはもういまさらだからしたりしない。

しかしそんな感じで生来単純・短絡思考の幼なじみの少女でも、今年の夏は自らが受験生だという自覚がちゃんとあるらしく、例年の彼女とは少しだけ様子が違っていることに楠雄はもちろん気が付いていた。

名前の第一志望校は彼女の成績よりもちょっとだけ難易度が上のTK高校で、この辺りでは割と有名な進学校でもある。

超能力の存在をあっさりと受け入れるくらいに柔軟な脳ミソは勉強の方にも応用が効くらしく、名前の成績は学年でも上位クラスだった。なので本人の努力次第ではTK高校も充分に射程圏内だと、担任にも既にお墨付きをもらっているのだ。

とはいえ普段は "なるようになるさ" な名前なのだが、ここぞという時は割と根を詰めるタイプのようで、中3のこの夏彼女は受験勉強に余念がなかった。

それは毎年恒例の斉木家・名字家合同のキャンプや旅行といった娯楽イベントもすべてが中止になって、それぞれの両親'sたちが揃って拗ねてしまう程の念の入れようだから相当だ。

そんなわけで今夜のお祭りは最近頑張り過ぎの名前に息抜きをさせる為に、珍しく楠雄の方から誘って彼女を連れ出したのだった。

「ありがとうね、くーちゃん」

[何がだ]

「ふふふっ」

[・・・・・・・・・]

その思惑をもうすっかりとお見通しなようで、しらを切る幼なじみに名前はニコニコと笑顔だけを返す。しかしテレパシーで筒抜けな彼女の思考は、先程から楠雄を照れさせるには充分な威力があった。

(くーちゃんお祭り誘ってくれてありがと)

(すっごく楽しかった〜)

(明日からまた勉強頑張れそう!)


「 ? くーちゃんどうしたの?」

[・・・なんでもない]

「え〜でも顔真っ赤だよ?大丈夫?風邪じゃない?」

[大丈夫だ]

「ホントに?」

[本当だ]

「あ・そういえば真っ赤って言ったら金魚だよね!」

[すごい話の飛躍だな]

「だってホラ!昔私が金魚すくいのこと "金魚救い" だと思っててさ。それでくーちゃんに無理言って、たくさん "救って" もらったよね〜」

[ああ、そういえばそんなようなことがあったような、]

"───なかったような。"

向けられる邪気のなさ過ぎる好意に、話題が切り替わってホッとしたのも束の間楠雄は再びそれも覚えていないような素振りを見せて言葉尻を濁らせた。

[いや、本当はよく覚えている]

名前の言うように、昔あったその出来事は楠雄のなかに確かな記憶として残っていた。

宵闇に浮かぶ、夜店の明かりと人だかり。普段以上のテンションではしゃぎまくる両親たち。

そして、浴衣姿の幼なじみ。

人混みは苦手なはずなのに、なぜなのか楠雄は昔からお祭りは嫌いじゃなかったりする。

「わー!みてみてくーちゃんスゴイスゴ───イっ!!」

スーパーボールもヨーヨーも、露店の店主たちの顔がひきつるくらいにたくさん取った。

僕が金魚をたくさん取れば取る程、名前はいつもそうやって僕を褒めてくれたんだ。

「きんぎょさんたちたくさんすくってもらえたね!」

あの大量の金魚たちは、その後飼ったんだかプールに放したんだかは忘れてしまったけれど。

本当に彼らを "救えた" かはさだかではないけれど。

"金魚救い" だと勘違いしていた名前は、満面の笑みで喜んでくれた。それだけは覚えている。

いまでも変わらないあの笑顔に、どれだけ救われてきたかわからない。

そう、救われてきた。

[ "救われていた" のは、いつだって僕だった]

───ずっと。


「あぁっ!?」

まもなく互いの家に差しかかろうとした時だった。

それまでご機嫌に鼻唄を歌っていた名前が、何かに気が付いて突然焦ったような顔付きになる。それを受け止める楠雄は、やはり別段驚くこともなく通常運転だ。

「りんご飴買い忘れちゃったよくーちゃん!!」

[まだ何か買うつもりだったのか?]

「おじさんたちに頼まれたものを買うのに夢中ですっかり忘れてた〜っ」

そう言って嘆く名前の手には、実を言えばヨーヨーやスーパーボール以外にも綿菓子やたこ焼き、焼きそばやイカ焼き、鈴カステラにフランクフルトと、留守番をしている父母たちに頼まれたもので溢れていた。持ちきれないものは楠雄が持っているくらいで。

[人に頼まれたものばかり買って自分の欲しいものを忘れるなんて、本末転倒だな]

「あひゅう〜〜〜」

[・・・もうこの時間じゃ、屋台は閉まってるだろうし]

テレポートで戻ったとしても、店自体が開いていないのでは意味がない。

名前の好物がりんご飴だったことを思い出して、そんなことも失念していた自分も今夜はだいぶ浮かれていたのかと楠雄は思った。

「あ〜あ、でもしょうがないね。りんご飴は来年の楽しみに取って置くかあ」

[来年・・・]

「うん!来年も一緒に行こうね、お祭り!」

[・・・・・・・・・]

単純思考なだけあって立ち直りも早い名前は、そう言ってニコニコと笑う。呼吸をするくらいに当然と言った感覚で "来年" を口にして。

それを聞いた楠雄の顔がまた金魚のように赤くなったのは、言うまでもなく。

そして次の週末、一人でお祭りに出かけた彼が買ったのは───りんご飴、ただひとつなのだった。









おわり!








2013.09.01 拍手掲載
2014.01.25 拍手より移動
2017.05.13 加筆修正
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