【斉木楠雄のΨ難 1】

□【 Ψドストーリー】
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Ψ【君をらない】











「ぷ・・・っ くくくっ」

[・・・・・・・・・・・・・・・・]

「あははっ ふぎゃははははっ」

[・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・]

自室で宿題を片付けていた楠雄は、傍らで発せられている奇声じみたその笑い声に思わずシャーペンを走らせていた手を止めた。

もはや毎度のことで慣れたとはいえ、幼なじみの少女がジャンプを読んで爆笑しているその姿に彼は呆れと諦めの混ざった表情を見せる。

「うひゃひゃひゃっ」

[・・・・・・・・・・・・]

単純・短絡・お気軽・単細胞。

それらの言葉を総じて良く言えば "素直" な名前は、毎週毎週ジャンプのギャグ漫画のページをめくる度にこんな感じなのだが。

[いくら何でも笑いの沸点が低すぎだろう]

既に彼女よりも先にジャンプを読み終えている楠雄は、自分の時とはあまりにも対照的なその大袈裟な反応の仕方に呆れてしまう。

───とはいえ。

そんなことを思っていても尚、この奇妙な騒がしさをBGMに宿題を平然とやってのけている方もどうかというところで。 名前を部屋から追い出す素振りも見せないあたりが "惚れた弱味" というところだろう。

[慣れというものは恐ろしいものだな]

そして。なんだかんだと言いながらもいまではそれをあまり気にもとめなくなっている自らに若干の恐ろしさを感じつつ、気を取り直して宿題を再開しようとした時だった。

「・・・うっ、」

先程からジャンプの看板であるストーリー漫画を読み始めていた名前が、今度はそれまでの満面の笑みもどこへやら。その大きな瞳から大粒の涙をボロボロと溢し始めたのだった。


[・・・・・・・・・・]

「ぐひん・・・ぐひん・・っ」

ジャンプに集中しまくりの名前は、楠雄がこちらを見ていることにも気が付いていない。そうしてその一風変わった泣き声も去ることながら、心の中では、

(そんなぁぁぁあ・・・!)

(なんで・・・!?)

(死んじゃダメぇぇえ!!)

と、完璧に登場人物たちに感情移入してしまい絶叫しまくりだった。

そんな彼女の様子を見ていると、ここまで読者に感動してもらえるのなら描き手もさぞ満足だろうなと思える程だ。

[・・・忙しいヤツだな、]

爆笑からコロリと一転して泣きまくり・絶叫しまくりの名前に楠雄は、今度は先程とは別の意味でやれやれと肩を竦めた。

本当に、この幼なじみの少女は幼い頃からとにかくおもしろいくらいに変わりやしない。

よく笑い、よく泣いて、よく怒る。

喜怒哀楽の感情表現がとてもハッキリしていて、絶対零度に冷めきった楠雄とはまるで真逆な性格。

かと思えば、物事を冷静かつ客観的に見る目にも長けているから侮れない。

あの父に母に兄。

更にはこんなのがずっと近くにいて一緒に育って来たから、僕の人生は本当に面倒クサイことばっかりだった。

そう、名前がいなければ。

もっと平穏で、平坦な。

───もしも。

そうもしも、名前に出会う前に戻れたら───・・・


[・・・でも、まあ確かにその漫画の今週の展開はなかなかよかった。 この僕ですら結構 "来る" ものがあったしな]

「 ! ぐーぢゃんっ?」

ややあって。不穏になりかけた思考がとある一点に至ると、漫画を読み終えてずびずびと鼻をすすっている名前の目の前に楠雄はそう言って念力でふわりとティッシュケースを差し出した。

ふよふよと浮かぶティッシュの横にある顔も声もジャンプも、涙と鼻水でもうぐちゃぐちゃだった。

「あ"、あ"り"がど〜〜」

[キタナイ]

そうして。そんな風に突き放した素振りを見せつつも、ちーんと勢いよく鼻をかむ名前を見る楠雄の表情は、しかし存外に穏やかなものだった。




───君を知らない。

"君を知らない頃に戻れたら。"

でもよくよく考えたら、僕の人生にはただの一時もそんな不幸な期間はなかったことに気が付いた。








【初恋のΨ難 Ψドストーリー】
Ψ【君を知らない】







おわり!






2013.04.28 拍手お礼文掲載
2013.12.15 拍手お礼文より移動
2017.05.13 加筆修正
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