【斉木楠雄のΨ難 1】
□【 Ψドストーリー】
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ずっと───もうずっと、物心ついた頃から考えていた。
"なぜ僕には、こんな超能力があるのか" ということを。
Ψ【みんな愛のせい】
日曜の夕暮れ時。スーパーのタイムセールで売り出された "お一人様3点まで" のコーヒーゼリーを無事にゲットして、帰宅している道のりでのことだった。
「えっ、それはやっぱりぅふぎゃ・・っ?!」
[ ! ]
個数制限のあるその超お宝 (楠雄にとって) のゲット数を少しでも増やすべく、しっかり買い出し要員として駆り出した幼なじみの少女と並んで歩く歩道。
途中で道幅の狭まった地点にさしかかった為に楠雄の少し先へと進み一列になって歩こうとした名前が、それまでの会話の流れをぶった切って突然そんな珍妙な声を上げたかと思ったら、次の瞬間に彼女はもう見事に蹴つまずいて前のめりになりその身体は宙に浮いた状態になっていた。
「 ! 」
[気を付けろよ]
だがしかし。本来ならばそのまま重力に逆らうこともなく思いっきりベシャッと地面にご対面するはずだった、運動神経にはかなり恵まれていない名前の身体はしかし、幸いなことに今回はその悲惨な結果を辿るということはなかった。
なぜならばそれを、楠雄が間一髪念力で制したからだ。
「・・ぁ、ありがと〜!」
そして名前は確実に転ぶはずだった自分の身体を押し留めてくれたその "見えない力" に対しては、何か特別に驚いたり違和感を覚えているという様子も一切なかった。
だってそれは彼女にとって、これまでにもう何度も何度も・・・もう数えることなんて出来やしないくらいに自分を助けてきてくれた "優しい力" だったから。
「はあ──・・・ビックリしたあ」
[なぜおまえはいつも何もないトコで転べるんだ?]
そしてそんな風に何もないところでだって平気で転ぶのは、幼い頃に二足歩行を会得してからというもの名前の専売特許でもあった。そのおかげで楠雄や周囲の大人たちが、もう何度肝を冷やしたかもわからないくらいには。
それでも名前自身毎回転びそうになる瞬間全身がヒヤリとなってしまうのは、当然ながら何度経験したって避けることも慣れることもできやしない。
楠雄の機転のおかげで今回も転ばずにすんだことにホッと胸を撫で下ろしたところで、彼女は自分を守ってくれたその力の源へお礼の言葉と共に安堵の笑顔を向けるのだった。
「ありがと〜くーちゃん!」
[コーヒーゼリーは無事か?]
「あははっ!言うと思った!無事無事っ!」
高校生になって顔付きこそ大人のそれに近付いては来たものの、向けられる屈託のない笑顔は幼い頃から何ひとつとして変わらない。
好きな女の子のそんな極上の表情を正面から受け止めさせられては、いかに超能力者と言えどもその前にまず立派に絶賛青春真っ只中の "恋する少年" でもある楠雄には、それはもうはっきり言って甘ったるい猛毒以外のナニモノでもなかった。
そんなワケで。まあぶっちゃけ完全なる照れ隠しでコーヒーゼリーの心配だけをしてみせる楠雄に対して、
"心配するトコそこ〜?!"
なんて。名前は名前で、しかしそういった野暮なツッコミを入れたりなどは一切しなかった。
だってこのひたすらに鈍感な少女はといえば、幼なじみの少年にとっての自分の存在というのが『コーヒーゼリー以下』なのだと、本当に本当に、本心からそう勘違いをしてしまっているのだ。
ある意味で、こっちの方がずっとずっと野暮だったりもする。
「これだけあればくーちゃんしばらくはウッハウハだねえ〜♪」
[親父か]
そしてそんなのは、わざわざテレパシーで心を読むまでもないことだ。
お互いが持っているエコバッグ (母に持たされた) の中にあるゲットした戦利品、個数にして全18個にもなるコーヒーゼリーを見やりながら、まるで我が事のようにホクホク顔の名前のその表情を見ればそれは一目瞭然なことだった。
そんなわけで楠雄にとってはもうかなり以前から、
コーヒーゼリー<名前
という優先順位になっているということを、名前はもちろんいまだにまったく悟る気配すらなく。
・・・まあ。それはそれで、楠雄にとってはホッとするような───残念なような。
「〜♪」
[・・・・・・・・・]
そんなワケもあり楠雄は自分の目の前を鼻歌混じりの陽気な足取りで歩いている彼女の後ろ姿を、何となく複雑な心境で見つめていた。
「あ・そうそう!」
[ ! ]
そうしてきちんと一列になって歩いていると、気が付けば歩道の狭まりが拓けて再び道が広くなる付近に近付いていた。
名前はそこで何かを思い出したような声を上げると、不意にくるりと後ろにいる楠雄を振り返った。それからキョロキョロと辺りを見回して、近くに自分たち以外の通行人がいないことを確認してから、布告するようにビシリと人差し指を立てて宣ったのだった。
「あのさ くーちゃんの力はさ。きっと世界を救う為にあるんだよ」
[───ハ?]
「ホラ、さっきの話の続き続き!」
[・・・・・・・・・]
サッキノハナシノツヅキ。
突然そんな思いもよらないことを言われて少しの間フリーズした思考で思案した後。それは先程、名前が盛大に蹴つまずくまでに自分と交わしていた会話の内容についてだろうということに楠雄は思い至る。
"なぜ僕には、こんな超能力があるのか。"
スーパーを後にして、夕暮れに染まる道を幼なじみの少女と並んで歩きながら。
周囲を行き交う人々のさまざまな "声" を聴き、何気なく・・・本当にただ何気なくつぶやいたそれを。
そんなことは考えても毎回結局は明確な答えなど出るはずもなく、そして深く考えたところでどうしようもないことなのだと。
とうの昔にあきらめて、普段は深淵に仕舞い込んであるそれを。
それでも時々、ふとした拍子に表層へとひょっこりと顔を出しては楠雄の心の隙間をざわつかせる、
─── "それ" を。
いつも大抵のことにすこぶる鈍感な癖にでも時々何だか妙に鋭いこの幼なじみは、きちんと受け止めてくれていたようだ。
「だってさ、くーちゃんはもういままでに世界を何回も救ってくれてるよね」
[・・・別に。"アレ" は僕自身に被害や不利益が生じるものに関してのみ行動を起こしているだけだ。僕は正義の味方じゃないしな。その結果が場合によっては他人を救うことになることもある、ただそれだけのことだ。基本的には人助けもしない主義だし]
「うん 知ってるよ。でも結果的にでも何でも救うってことにはつながってるんだし。くーちゃんの超能力はそうやって巡り巡って地球と人類の危機を救ってるんだよ!」
[・・・大袈裟だな]
「スペシャライザーみたいでかっこいいよね!」
[────・・]
そう言っていま互いにハマっているアニメのヒーローを引き合いに出し、手放しで自分を褒めそやしてくる名前の邪気のない笑顔に、楠雄は珍しく少しだけ苦笑する。
自分にはなぜこんな超能力があるのか。
やはりそれは、もうこれまでに楠雄が何度も思ってきたこと。
答えなんか出ないとわかっていて。
───でも。
その答えとは案外、そう深く考える必要のない至極単純なものなのかもしれないと、彼は最近そんな風に思い始めていた。
「〜♪」
[・・・・・・・・・]
広くなった歩道。楠雄の左側で名前は、スペシャライザーのテーマソングを鼻唄に乗せながらご機嫌に歩いている。
そんな彼女の思考にあるのはすでに、
(今晩のおかずは何かな〜)
(夕焼けが綺麗だな〜)
(くーちゃん1個くらいはコーヒーゼリー分けてくれるかなあ?)
というようなことに移行していた。
彼女は昔から単純で、短絡思考。
三歩歩けば転ぶのではと、楠雄は名前にはいつもヒヤヒヤさせられてきた。
[おかげで僕は、念力を使いこなすのが随分とうまくなってしまったんだ]
昔はその大きすぎる力をとにかく上手にコントロールすることがひどく苦手で。
頭に付けた制御装置のおかげもあるとはいえ、それでも楠雄は自分が念力をうまく使いこなせるようになった理由の大半は───いま自分の傍らで、能天気に鼻唄を歌っている少女のせいだと自覚していた。
だから。
[僕の超能力は、世界を救う為にあるんじゃない]
少なくとも、楠雄自身にとっては。
[僕にとって僕の超能力なんてものの存在意義は───おまえが転んでケガをしなければいい、]
ただ、それだけのものだ。
「ねえ くーちゃん!ここからは駆けっこで競争してかない?!あ、超能力は抜きねっ」
[ご遠慮します]
そう考えれば、超能力がもたらす弊害による憂鬱な気持ちもだいぶ楽になる。
そして夕日に伸びるふたつの影は、いつまでも仲良く並んで歩いていた。
【初恋のΨ難 Ψドストーリー】
Ψ『みんな愛のせい』
おわり!
2013.03.17
2013.05.03 拍手より移動
2017.05.13 加筆修正