【斉木楠雄のΨ難 1】

□【好きと言えない】
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それはまだ、二人が幼かった頃の話。

楠雄と名前は、テレパシーで会話を済ませてしまうことが多かった。

彼らにしたらそんなごく当たり前のやり取りも、しかし端から見れば結構なくらいに違和感はバリバリで。

何せその "二人だけの会話" が弾めば弾む程、周囲はサイレントムービーを見ているかのような、奇妙な感覚に陥るのだから。

そうしてほぼ常に無表情な楠雄とは正反対に、表情がくるくるとよく変わる名前を見ていると、それはより顕著なものになる。

なので楠雄が超能力者であることなど知る由もない周囲の人間からしたら、二人のその様子には皆一様に首を傾げるばかりなのだった。

とはいえそれも、かわいい我が子たちのそんな異変をいち早く察した楠雄の母が、どうにかやんわりと根気強く言い聞かせ続けたおかげで、二人は次第に人目に触れる場所での "二人きりの会話" は、だいぶ控えるようにはなっていったのだが。

───しかし。

それでもいかんせん、楠雄が自声を発するという行為自体がまだまだ、いまも尚かなり少なすぎるということもまた、事実だったりする。













Ψ【好き言えない】












[・・・なあ名前。自分の考えてることが僕に丸聞こえで、おまえは嫌にならないのか?]

(んへ? 別に?なんで?)

[なんでって。てゆーか "んへ" ってなんだ]

お腹も満足してまったりとした時間が流れる夕食後。自宅のリビングで、楠雄は名前と共にお茶を飲んでいた。

そのお茶を入れてくれた母はと言えば先程から風呂に入っていて、父は上司の靴を舐めたりなかったのかまだ帰宅して来てはいない。

なので、そんな感じで割と普段通りに二人きりになった空間。

とはいえしかし、半径200メートルにいる近隣住民たちの "声" は、当然ながらいまこの瞬間にも、楠雄の耳に止むことなく入ってきていた。

そんな休日のジャスコのフードコート並みのうるささのなかで、彼にしてみればそれは結構意を決して口にしたはずの質問だったのに。

けれどあっさりと、しかも間髪入れずに否定どころか逆に問い返されて。

"読める" のに "読めない"。

"解る" のに "解らない"。

幼なじみの少女の相変わらずなその言動には、かえって楠雄の方が対応に戸惑いを覚えてしまう。

(え〜 だってお饅頭食べてる最中に変なこと訊いてくるくーちゃんがわるい。あんこがつっかえちゃった)

[別におまえ、いまの声に出して答えた訳じゃなかっただろ]

「───・・あれ?そーだった?」

[・・・・・・・・・]

確かに楠雄の言う通り、先程名前から返ってきていたのは、最後以外はすべてテレパシーを介しての返事だった。

そしてそれを指摘されてからも彼女は、"別腹・別腹〜♪" などと言い張って頬張っていた饅頭を悠長に咀嚼してごっきゅんと飲み込み、たっぷりと時間を使って惚けた答えを返して来る。

長年の付き合いでわかってはいても、幼なじみのそのあまりのマイペースぶりには、楠雄も更に面食らってしまうのだった。

「♪♪♪」

[・・・・・・・・・]

(こっちのお饅頭チョコとカスタードだって!こっちはレアチーズ───ああっ?!くーちゃんこれコーヒーゼリー入りだよっ!)

[それは僕が食べる]

楠雄の内心を他所に、次に食べるお饅頭を選別しながら名前はご機嫌に鼻歌を歌っていた。

そんな彼女から聴こえてくるのは、やはり時折テレパシー混じりの "声" で。

テレパシーでの会話。

それは所謂、誤魔化しようのない "心の声"。

先程心を読まれて嫌じゃないのかと問われ、別にとそう一言であっさり答えた名前は、本当に本心からただ率直にその答えを返したということになる。

しかも、むしろなぜそんな質問をするのかときょとんとした表情で逆に問い返されてしまったくらいで。

そうなると疑問を投げかけた本人として楠雄は、やはりそれを意外と受け止めざるを得なかった。

なぜなら、人間誰しも自分の本心を好き勝手に覗かれているとわかればそんなのは当然に嫌だと思うものだろう。

普段から・・・特に学校生活における楠雄に対して周囲の者たちが思うことは、何を考えているかわからないヤツとか。まあ大抵の者がそれくらいの感想しか彼には抱かない。

外では極力気配を消して目立たぬようにしている分、他人にはあまり関心を抱かれない (なんだか最近はあまりそうでもなくなってきているが) 楠雄が実は超能力者であり、万人 (例外が約1名程いるが) の心の声を常に聴くことが出来る、なんて。

そんなことは誰も、まったく夢にも思っていない。

[もしもそれがひとに知れてしまったら、益々もって僕は気味悪がられてしまうだろうな、]

もちろんそれは、楠雄自身が自ら望んでそう生まれついた訳ではない。

しかし幼い頃から他人の様々な心の声を辟易する程に聴かされながら成長してきた彼は、もはや麻痺を起こした感覚でそんなことを思う。

人間誰だって、マイナスな部分は持っている。

嘘、嫉妬、怠惰、

傲慢、嫌悪、虚栄心。

他にもたくさん、数えあげたらキリなんかなくなるそれらを、覗かれて。

覗かれていると、"知っていて" 。

───嫌じゃないのかと。

そう、訊いたのに。



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