【斉木楠雄のΨ難 1】
□【ちいΨ王様、再び!】
1ページ/3ページ
なんとなく、嫌な予感はしていた。
Ψ【ちいΨ王様、再び!】
その日。バイトは休みだが委員会で帰りが遅くなると言っていた名前が帰宅したのは、楠雄の父がお腹の中に異物を潜り込ませて帰宅してからだいたい1時間後のことだった。
(くーちゃーん!くーちゃんごめんちょっとうちに来て〜っ?)
一足先に夕飯を食べ終えた楠雄は、自室に戻るとテレビを観ながらくつろいでいた。そうして思考の端ではそろそろ名前が帰って来る頃だろうと思っていたら、タイミングよく頭の中に響いたのは聞き慣れた彼女の "声" で。やれやれと思いつつも若干の嫌な予感と共に、名前の気配がする隣家の玄関へとテレポートをしたのだったが。
「この猫ね、くーちゃん家とうちの前を行ったり来たりうろうろしてたの!かわいいでしょう?!」
[・・・・・・・・・・・・]
既視感。
名前の腕の中にちゃっかりと収まっている物体と彼女とのそのやり取りに、楠雄は強い既視感を覚えて思わず無言になる。なぜならばそれは先程の夕飯時に、斉木家で父母が繰り広げた会話とほぼ同じ内容だったからだ。
『ニャー』
「あははっ、かわい〜♪」
[・・・・・・・・・]
まさに猫なで声で、つぶらな瞳をうるうると全開にして。楠雄の前で名前の胸にこれみよがしにすり寄っているのは、彼が今日の下校途中にやむなく助けることになった、件の小憎たらしい猫だった。
一体なぜそんな状況に陥ったのかは知りたくもない話だが、とにかくこの猫がビルとビルのわずかな隙間にマヌケ面をして挟まっていたところを、たまたま通りすがった楠雄が発見し仕方なく…本当に仕方なく救い出してやったのが事の始まりだった。
コイツは面倒なくらいにやたらとプライドが高く、猫こそが地球で一番エライ生物だと勘違いしているところがあって。助けてもらった恩も棚上げにし、自分にかしずかない人間に対して変な因縁をつけてきたかと思ったら、自宅にまで押しかけて来たという厄介極まりない猫だった。
〔この家をねっこねこにして貴様の居場所を奪ってやるニャ!!〕
そうして人間のみならず動物の考えも解る楠雄には、猫が考えているそんな目論見もしっかりと聞こえていた。
まんまとそれにハマりコイツを拾って来た張本人の父はと言えば、
『ちゃんと世話をするから飼いたい!』
等と懸命に主張し、母もそんな父と一緒になって可愛い可愛いと言って瞳を輝かせたりする始末。
そうやって一時は、この猫の作戦通りに事が進みかけていたものの、
しかし。
『ごめんね〜私猫アレルギーなの』
母のそんなたった一言で、猫の作戦はあっさりと一発強制終了を迎えた。斉木家では母の発言は絶対なのだ。
その後斉木家から追い出された猫が近所をまだうろついていることには、楠雄自身気が付いていた。それでも飼うこと自体はとにかく却下されたわけだから、放っておけばそのうちあきらめていなくなるだろうと思っていたのに。
〔ニーャッハッハッハッ!またまた驚いたか?この辺の猫らに、貴様のことは詳しく訊いてまわったからニャ!〕
[・・・・・・・・・]
名前の腕の中で猫は、彼女には見えない角度からそう勝ち誇った表情を楠雄に向けて来る。それは先程名前に向けていたつぶらな瞳とは雲泥の差な、もうすでに楠雄が何度となく見た悪魔のような表情だった。
しかしそんな猫の思考には、斉木家周辺を縄張りにする猫たちにヘコヘコしながらも、楠雄の情報を懸命に仕入れようとしている猫の姿がハッキリとあったので。
[おまえもご苦労だな]
〔うっ、うるっさぁ〜いっ!僕の可愛さに平伏しない貴様が悪いんだからニャッ!!〕
ただ自分に復讐をする為だけにそこまでなりふり構わない猫の必死さに、楠雄は思わず労いの言葉をかけるのだった。