【斉木楠雄のΨ難 1】

□【そこにある明るい未来】
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Ψ【そこにある明るい未来】











「おい見ろよアレ!」

「うわっ、なんだアレ!」

[・・・・・・・・・]

公園のブランコに腰をかけた楠雄は、それを漕ぐでもなくただひたすらに無表情だった。

そしてそこからやや離れた場所にたむろしている小学生たちが自分の方を見てニヤニヤしながらヒソヒソ話をしていることなど、彼は当然のように気が付いていた。

「ママ〜あの子かみのけのいろピンクいろだよ〜」

「あ、あらぁ宝石(じゅえる)ちゃん!そろそろおうちに帰ってスイーツタイムよ!行きましょ!」

「ヘンなの〜ピンク〜」

「コ、コラ!何言ってるのこの子ったらオホホホ・・・」

それからさらには、ブランコの前を通りすがった親子連れにはそんなことを言われて。

やたらとブランド品を身にまとった母親の指輪だらけのゴツゴツした手に引かれて行くその子供にも、至極冷静な視線を向ける。

[いや キミも大概すごい名前だな]

この間に楠雄が思ったことと言えば、はっきり言ってそれくらい。

なので、その年齢の幼子にしてはやたらと達観した空気を醸し出している憂いを帯びた彼の表情は、いまその頭上をゆっくりと流れて行く雲よりもさしたる変化を見せることはなかった。

───ただ。

[・・・ああ、今日もやっぱり僕の世界は生き辛い・・]

常人には聴こえない・・・聴こえるはずもない、数えきれない程の無数の "声" たちが行き交うなかで。

もはや諦観の念に近い境地で楠雄は、あとはそのようなことだけをただひたすらにぼんやりと考えていた。

そうしてそんなまだ幼い少年の心に、日々見えない刃物のように襲いかかるのは悪意混じりの好奇に満ちた視線たち。

その原因が自らの髪の毛の色にあることを、楠雄はすでに身に染みてよくわかっていた。

そう。

先程通りすがった宝石(じゅえる)くんが指摘したように、楠雄の髪の毛はなぜなのか生まれた時から暗いピンク色だった。

しかし彼のまわりにいる人間たちの地毛は当然ながら日本人が大半なので黒髪ばかり。他にはせいぜい色素が薄くても茶髪がいるくらいで、楠雄のような地毛の色をした者は日本人以外にも、世界中を見渡したってやはり唯一人としていやしなかった。

[それが生まれながらに身に付いていた超能力と関連性があるのかは、僕にもよくわからないが]

とにかく楠雄の髪の色は先天的に───生まれた時から、ピンク色なのだった。



「たのしかったねえ!こうえん!」

[そうか。それはよかったな]

「んも〜 くーちゃんたら公園に行ってもいーっつもブランコにただ座ってばっかりでつまんない!ママたちと一緒に砂遊びすればよかったのにっ!ねっ?なまえちゃん」

「ね〜っ!」

[・・・どうでもいいけど、二人とも鼻のアタマに砂がついてるぞ]

ひとしきり (母と名前が) 遊んだ公園からの帰り道。まるで端から見たら実の母娘(おやこ)かと思うくらいの仲睦まじさで、彼女たちはそんなことを言ってくる。

楠雄の前を仲良く手をつないで歩くその姿は、実の息子である彼から見ても本物の母娘にしか見えないのだから相当なものだろう。

[・・・まあ、名前と母さんの "声" は確かによく似ているけどな]

それは実際に耳にする声の質だとか、そういうことではなくて。

個人がそれぞれに持つ空気・・・わかりやすい言葉では、オーラとでも表現するのだろうか。厳密にはそれともまた違う気はするのだが、楠雄にとっては確かに名前と久留美から届く "声" というのはいつも柔らかくてとても心地のよいものだった。

そうそれは、楠雄流に言うならば─── "嫌いじゃない" と表現される類いの。


「うわ──・・普通子供にあんな髪の色させる〜?(子供かわいそ〜)」

「いや、ないない。せいぜい茶髪までっしょ。ピンクはないわ、ピンクは (つーか娘は普通に黒髪なのに・・・虐待じゃね?) 」

[ ! ]

ややあって。束の間穏やかになりかけた楠雄の内側に届いたのは、名前と母の後ろを見守るように歩いていた彼が、いま程すれ違ったばかりの女子高生二人組のひそひそ声だった。

いや。その "声" は何も、その女子高生たちだけのものではなく。

(げ〜・・マジでないわ あの母親…あんな優しそうな顔して、かなりのDQNじゃね?)

(これだから最近の親は・・・)

(子供で遊ぶなよ)


[・・・・・・・・・]

楠雄たちの近くを通りすがったりすれ違って行く者たちは、皆それぞれ好奇に冷ややかな視線を混ぜて好き勝手なことを "言って" いく。

それには普段他人から様々なことを "言われ慣れている" 楠雄も、やはり強い苛立ちを覚えてしまうのだった。

それはなぜならば。

[僕個人のことを内心で色々好き勝手に言うのは、まあ構わない。もう慣れた]


だけどでも───母さんや名前のことまでも悪く言われるのは。

例えそれが、"心のなかの声" であったとしても。

[・・・・・・・・・]

しかし。いくらそうは思っても、実際には何がどうと出来る訳でもない。

[やっぱり、外を出歩くのは苦手だ]

天気がいいからと母と名前にほとんど無理やりに引っ張っていかれた公園。こうなることがわかっていたから、休日はなるべく外には出たくなかったのに。

本当は幼稚園だって通いたくはない。出来ることなら一生ずっと、自分の殻に閉じ籠ってしまいたいくらいで。

楠雄は唇を噛みしめる。無力な自分が悔しくて、小さなこぶしを爪が食い込むくらいに握りしめた。

日頃から周囲に可愛いげがないと受け取られても仕方がない達観した素振りを見せてはいても、実際のところ彼はまだ就学年齢すらも満たしていない幼児なのだ。

そんなまだ幼い肉体と精神で、むしろ大人の方こそが耐えられるのかもわからないような大変な生活を強いられて。それでもこうしていまも平静を保っていられる楠雄の精神力の強さは、もはや言葉などでは簡単に語り尽くせない程に凄まじいものがあるだろう。

彼のその心の強さの源のひとつと呼べるのが、先程から通りすがりの見知らぬ者たちにあらぬ誤解で冷ややかな視線を向けられている母親だった。

「なまえちゃん今日のおやつはなんだと思う〜?」

「え〜?う〜んとねえ、う〜んと・・・おばちゃん、ナマエヒントがないとわかんないよ〜」

「ふふっ ヒントはね、そうね〜?こないだはなまえちゃんの好きなドーナツを作ったから、今日はくーちゃんのだーい好きなものよ」

「あっ!わかったぁーっ!コーヒーゼリーだあっ!」

「ピンポーン!なまえちゃんは苦いから、バニラのアイスクリームたっぷり乗っけて食べようね」

「うん!」

[────・・]


それでも。

こんな風に針のむしろのような心境にさせられることが多い日々のなか、楠雄にとって幸いなのは───周囲のその聞こえよがしな中傷も好奇の視線も、目の前でそんな呑気な会話を交わして笑い合っている・・・基本脳内お花畑な母と隣家の少女には、まったくと言っていい程届いていないということだった。

[僕の両親も (というのには大変な抵抗があるが、まあ一応 "あの" 父も) 名前も、名前の両親も。超能力のことを知ってからもずっと、偏見や差別をすることなく僕と接してくれた・・・くれている、心優しいひとたちだ]

だから出来ることならば、このままずっと彼らには心穏やかでしあわせな暮らしを続けてほしい。

そして願わくは、

"ずっとずっとそばにいてほしい。"

日増しに強まっていく力。大切だと思えば思う程、いつかもしかしたらその目の前から自分は姿を消さなければならない日が来るかもしれないと、少しずつ、


───少しずつ。


その覚悟は重ねていたとしても。




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