【斉木楠雄のΨ難 1】

□【Wonderful World】
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[小さい頃なんかぐずってても、僕が念力でおもちゃを宙に浮かせるだけでキャッキャとはしゃいでいたよな]

再び熱心にジャンプを読んでいる名前を横目に、楠雄は彼女と自分の歴史を振り返る。

まず基本的に、能天気な性格の名前は悩みや壁にぶち当たってもへこたれると言うことを知らない。

"なんとかなるなる〜" とか、"やってみなきゃわかんないよ〜" なんて言って笑っている、転んでも倒れても起き上がるパンチング人形のような精神の持ち主だ。

一方の楠雄はと言えば、そんな彼女とは対照的に幼い頃からえらく達観した精神で物事を捉えていた。

[ねえママ。何で神は人間という愚かで醜い生物を創ったの?]

なんて。僅か2歳にしてそんな台詞を母に告げてしまうくらいには、厭世感の漂う子供だった。

その頃は本気で "人類を滅ぼそう" なんてことを考えたりもしていた楠雄だったが、しかし幸いなことに彼がそれを行動に移すということはなかった。

" (くーちゃんナマエうんちしたい…) "

"[・・・・・・・・・]"

なぜなら、楠雄がそういったシリアスなことを考えている時に限っていつも、名前がそんなワケのわからない横槍を突然入れて来ていたから。

[僕が産まれてから初めて両親たちのことを呼んだのが、"ママとおばちゃん・・・なまえちゃんのおむつビショビショだよ・・・" というテレパシーだったと言うくらいだから、それは自分でも驚きだ]

とはいえ。

当たり前の話だが、そんな二人が共に成長し過ごしてきたこれまでの年月というのは決して穏やかで楽しいことばかりの、ただ一言で順風満帆とくくってしまえるようなものでは決してなかったりする。

それはもちろん言うまでもなく、成長するにつれて強まっていった楠雄自身の超能力に大きな原因があって。

そして小学生の時に名前は、『斉木は根暗だ』なんだと楠雄のことをバカにされたことでひどく憤慨をして、自分よりもひと回りも体格の違う男子を相手に取っ組み合いの大ゲンカを繰り広げたことがあった。

しかし。その大立ち回りの原因となったとうの楠雄本人はと言えば、周囲にそんな陰口を叩かれたところでいまさらなことだった。陰口なんかよりいっそ辛辣で醜悪な人間の一面を、彼は誰より思い知らされていたから。

だからそれよりも何よりも幼い楠雄が傷つきショックだったのは、"自分を庇ったせいで名前にケガをさせてしまった" という、ただその一点のみだった。

本当は誰からも好かれる人気者の幼なじみの少女が、ただ自分と関りを持つという理由だけで周囲からイロモノ扱いされるのがたまらなく嫌になって。

『僕にもう構うな』と言って、楠雄は名前のことを自分から遠ざけようとしたのだった。

それが、髪の毛の色から超能力まで。

どこまでも異質な自分が、幼なじみの大切な少女にしてやれる最良なのだと思ったから。

[あの時の名前の "笑顔" はいまでも・・・いや、きっと一生、忘れることは出来ないな]

( ? くーちゃんいま何か言った?)

[何も言ってないよ]

(アリ、空耳?)

[・・・・・・・・・]

そう言ってすぐ、鼻唄混じりにジャンプのページを捲る名前のその呑気な横顔を見つめながら。

それは決して、忘れてはいけないのだと思う。

もう構うなと強く拒絶をしたあの時、楠雄は名前がすぐに泣くと思った。

・・・なのに彼女は笑っていたから。

その幼い心の内側ではいっぱい、いっぱいに我慢をして。

でもその後にきっと、名前はテレパシーの射程範囲外までわざわざ離れて行ってから、たくさんたくさん泣いたに違いない。

それくらいのことは、その翌日に瞳を真っ赤にしていた名前の笑顔を見れば楠雄にも容易にわかったことだった。

[ナマエを泣かせるヤツは許さないとか、そんなカッコつけたことを普段から思っていながら、]

実際におまえを泣かせた回数なら─── "カミナリ" を抜かせば、僕が断トツで一番だ。

[・・・・・・・・・]

当時のそんなあまりにも未熟だった自分の行動を振り返り、楠雄は自嘲するしかない。

そうしてそれら数々の紆余曲折を経て、自分たちの現在(いま)があることを楠雄はわかっていた。

『───くーちゃんっ!』

あんなにもひどい仕打ちをされて。それでもいまもこうして変わらずに彼女は側にいてくれている。

それは楠雄にとって途方もない奇跡であり、しかし反面、奇跡なんていう単純で生易しい言葉ではくくることの出来ない名前の努力と理解があったと。

どんな仲違いをしてぶつかっても絶対に自分を見捨てず、最終的にはいつも裏のない笑顔で笑いかけてきてくれた名前のその存在は、楠雄にとってはやはり救いだった。

そう、そしてそれは何ひとつ大袈裟で誇張された表現ではなく、


───全人類にとっても。



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