【斉木楠雄のΨ難 1】

□【Wonderful World】
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きっと世界を救うのに、

大それた理由なんてものはそんなに必要じゃない。










Ψonderful orld】










「私がくーちゃんなら1日で人類皆殺しだな」

[ ! ]

楠雄の部屋でジャンプを読んでいた名前は、何を思ったのか突然そんなこの上なく物騒なことを口にしてくる。

[イキナリナンダ]

ほんの一瞬前までの彼女はジャンプを広げて爆笑したりツッコミを入れたり感動したりと、それは実際に表情や口に出したり心の中で思ったりで、とにかく大忙しだったはずなのに。

高校生になって少しずつ顔立ちが大人びてきたとはいえ、まだまだ昔のあどけなさが充分に残る幼なじみの少女からいきなり何の前触れもなく発せられたその【人類皆殺し宣言】に、楠雄は宿題へと向けていた意識を否応なしに中断した。

そうしてそのまま普段通りに表情こそ大きく変えることはしなかったものの、

[僕の3日を軽く上回るペースじゃないか・・・]

とか。彼は以前『僕が本腰を入れて取り組めば3日で人類は滅亡する』と(のたま)った立場として、それをそんな風にどこか普通とはズレた感覚で受け止めていた。

[どうかしたのか?]

(ゔ〜〜ん・・・)

それでも楠雄は名前のその発言を、やはり彼女の発したものにしては意外な部類のものとして捉える。

もちろん彼はこの幼なじみがそういった突拍子もない考えを自分にいきなり伝えてくることには慣れていたが、それでも慣れているからと言ってそのままさらりと受け流すとなるとそれはまた別の話で。

さらには名前に関することとなると、そんなことは余計に出来るはずもない楠雄だった。

(ゔ〜ん・・・)

ややあって。そうやたらと物騒なことをさらりと言うだけ言って黙り込んでしまった名前から伝わってきたのは、要領を得ない唸るような "心の声" で。

[・・・ナマエ?]

楠雄は幼なじみのその発言の真意を探ろうと再び呼びかけてみる。

(・・・・・・・・・)

[なんだ?]

(ん゙ぅ゙〜〜〜っ?)

[アタマ大丈夫か?]

やがてその至極冷静なツッコミに返って来た名前の反応は、あらゆる超能力を駆使する楠雄にも予想の出来ない意外なものだった。

「なんかさ、ものすん──っっっごく!いまさらな話なんだけどね?他人(ひと)の考えてることが常に丸々わかっちゃうってのはと──っっっても!大変なことだよねえ…」

[・・・・・・・・]

"すごく" と "とても" を語る部分に、すごくとても力を込めて。

そうしみじみ言いながら伏し目がちになった名前の大きな瞳の視線の先にあるのは、現在ジャンプで絶賛連載中のとある漫画のページだった。

[ああ、それか]

相変わらずの、自分とはまるで正反対なオーバーアクション。

そして確かに楠雄にとっては "すごくとても" いまさらなことを力説されて、面食らったのか彼は一瞬だけ据わっていた目を丸くしたものの。注がれるその視線をゆるりと辿った先の漫画を見ると、察しのよい楠雄はただそれだけでもう名前が突然そんなことを言い出した原因に合点がいく。

まあかいつまんで簡単に説明すると、その漫画の主人公というのは超能力者で───瞬間移動をしたり念力で物を動かしたり、他人の心が読めてしまったりという・・・それはまた何ともどこかで聞いたことのある話であり、その設定を少々聞いただけでも楠雄としてはどこか身につまされるような気分になるものなのだが。

肝心の内容の方はといえば、そんなチート超能力者な主人公を取り巻く・・・超能力は持たないが、しかしそれを充分に凌ぐ程に個性的なキャラたちとのドタバタなやり取りを軸に描かれるジャンルとしてはいわゆるギャグ漫画だ。

そして今週は確か、主人公には常に周囲の人間たちの心の声が丸聴こえになってしまっているという、テレパシーにスポットを当てたストーリー展開だった。

[超能力者か・・・]

確かに。名前と同様にその漫画を連載開始当初から読んでいて、設定から何からが自分のおかれた境遇とかなり酷似しているということは、楠雄自身も思ったことがあるのは事実だった。

だがしかし。

それも実際には、超能力者でも何でもない者が描いた空想の産物だ。

ましてやジャンルはなんであれ漫画という起承転結のハッキリしたストーリーには、毎回しっかりと読者を納得させる為のラスト・・・いわゆるオチと言うのがきちんと待っている。

なので自らの人生には容易くオチもラストも見えやしない、現実に超能力者である楠雄にとってそれはやはりフィクションの世界の出来事としか思えず───彼はその漫画の主人公を、自分と重ねて見るなどということは特になかった。

そもそもの話。最高発行部数657万部を誇る日本一の漫画誌であるジャンプを毎週楽しみにするというその行為自体が、楠雄にとっては最初から負け戦に近い大きな賭けのようなものだった。

なぜなら彼は自分よりも早くジャンプを読んでしまった者とすれ違い、しかもタイミング悪くその人物がその内容を振り返り感想を思考していようものなら、その瞬間それこそ即テレパシー能力の発動によってネタバレ乙な、詰んだも同然の状態になってしまうのだから。

[ジャンプ然り『すこやか戦隊スペシャライザー』然り。何かを楽しみにするという行為のためには、僕は常人よりもたくさんの苦労を乗り越えねばならない]

そして『アニメも漫画も日本が誇る立派なエンターテイメント』と語る楠雄は、決してそれらを "嫌いじゃない" 。

しかしそんな彼にはジャンプよりもアニメ番組よりも一番に楽しみにしていて、おもしろいと常々興味深く観察して来たものがあったりする。

それは、

(えっ、ちょま、ここで終わり・・・?!)

[・・・・・・・・・]

そうそれは。いま楠雄の傍らにいる、毎週彼の部屋でジャンプをそりゃあもうとてつもなく楽しみながら読んでいる時のこの───幼なじみの少女の様子、なのだった。

[・・・いや、まあこれは何もジャンプに限ったことではないな]

普段からおよそ感情・・・特に喜びや楽しさというものを感じたり、それらを表立って表現することが極端に少ない楠雄にとって、名前のその裏表のないハッキリとした喜怒哀楽の感情表現は、時に見習わなければと思わされるくらいに非常に豊かなものに感じられるのだ。

[百面相という言葉は、まさにナマエの為にある言葉かもしれない]

笑ったり、

泣いたり、

怒ったり。

名前というのは昔からとにかくいつも忙しい。


『楠雄く〜ん 名前ちゃ〜ん!國春パパがおみやげにコーヒーゼリーを買って来ましたよ〜ん』

『うわぁ──い♪ありがと〜おじちゃん!』

[・・・・・・・・・]

『くっ、楠雄くんっ?楠雄くんはあんまり嬉しくなかったかな〜っ??』

『ちがうよ〜おじちゃん!くーちゃんいますっごくよろこんでるよ!ねっ?くーちゃん!』

[・・・ありがとう、お父さん]

『 ! お、おう!な、な〜んだ!父さん楠雄がコーヒーゼリー嫌いになっちゃったかと思ったよ〜っ(バカの一つ覚えみたいにコーヒーゼリー貪り食ってたからなあ・・・)』

[・・・ "聴こえてる" ぞ]

『ひぃっ!』


しかしそんな風に。

名前はこの感情を表に出すことが極端に少ない幼なじみの少年の心を誰よりも理解し、そして時にはそれらを彼の代わりに代弁して周囲に伝えてあげていたことが多々あったのだということも、紛れもない事実だった。

だから、そんな名前が幼い頃から感情表現に忙しかったのは、謂わば当然といえば当然のことだったのかもしれない。
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