【斉木楠雄のΨ難 1】

□【広がる世界を望み怖れたのは僕の方】
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「あ、燃堂さんは借り物競争なんだね!」

[ペア競技はアイツと組みたがる女子なんて皆無だからな]

「 ? そうなの? えーと、あと海藤くんは・・・」

[調べなくていい]

「ねえねえ海藤くんて、下の名前 "瞬" だっけ?」

[いや 純平だ。つーか海藤なんて名字、珍しい部類だから探しやすいだろ]

「あ・このコ同じ中学だったコだ〜」

[うん、聞いてないな]

自分の知っている名前を発見して子供のようにはしゃいでいる名前を見て、楠雄はやれやれと呆れつつも自然とその表情は緩む。

[仕方がない、な]

やはり名前には、無様な姿を見せる訳にいかない。

楠雄があれやこれやと思案した結論としては、最終的にはそこに答えが至ることになった。

[だからと言って1位なんかになったら、それはそれでまた色々と厄介なことになりそうだな・・・となると僕が個人種目[100m走]で狙うのは、平均的順位の3位がベストだ]

以前体育の授業で行われたドッジボールの時のことを教訓にして、楠雄はいかにも彼らしいそんな目標を立てる。

おかげであまり・・・と言うか、かなりかなりやる気のなかった明日の体育祭。

【クラスでの好感度バロメーターをいまよりも上げ下げせず浮かない程度に活躍をし、無様な姿だけは父に撮影されないようにする】───というのが、楠雄の個人的なスローガンになってしまったのだった。

[まあ僕が明日個人的に出場する競技は100m走だけだしな。楽勝といえば楽勝だ]

「おお〜」

[やはり球技や道具を使ったスポーツは力の加減が難しくて苦手だが、走るだけなら簡単だ。日常生活でやってることだからな]

「ふ〜ん、そっかあ。やっぱりそっちの力加減はまだ苦手なんだ? あ・でもくーちゃん、まえに歩きながら私の靴紐直してくれたよね?」

[あのままだと500%の確率でおまえは盛大に転んだからな]

「あはははは・・・ゴメンナサイ・・」

[まあ "そういった作業" なら、昔に比べて格段にうまく力を使いこなせるようにはなった]

「うんうん、だよねえ。だって昔は空き缶ひとつ拾うのにも、捕獲寸前のハプルボッカみたいな顔してたもんねえ」

[それは忘れてくれよ]

「でも時速1kmから1200kmまでコントロール可能ってすごいよね!人間の平均的な歩行時速って、大体4kmらしいもん。そんなにゆっくり歩くのってすっごく大変そうだよ!」

[おまえのツッコむべき問題はそれなのか?]

そして、相変わらずのそんなズレた会話を交わす名前が冷蔵庫から出してくれたのは、デザートに用意された彼女特製のコーヒーゼリーだった。

「これ食べて、明日は頑張ってね!」

そう言って体育祭に参加することを渋々ながらも了承した楠雄に、名前は自分の分のコーヒーゼリーも差し出してくれて。

コーヒーゼリーにだけはとにかくもう目のなくなる楠雄は、モニュモニュとそれを滅多に見せない至福の表情で頬張った。

そんな自分をニコニコと見つめる名前が、頬杖をついて何だかお姉さん気取りなのが───彼にはまあ、ちょっとだけ複雑ではあったのだが。

「ねえ、くーちゃん」

[なんだ]

やがて名前は、そのニコニコとした表情のままで楠雄に語りかける。

「自分の力を必要以上に抑えるようなことも、これからはもうあまりしなくていいんじゃないかなあ?」

[・・・何がだ?]

「うん あのね?私はいまのくーちゃんにはね、くーちゃんのことをちゃんと大切な友達って思ってくれている人たちが、まわりにたくさんいるように思うんだよ」

[・・・・・・・・・]

「燃堂さんなんて "相棒" って言ってくれてたし!」

[いや、僕はまったく頼んでないんだが]

突然脈絡なく嬉しそうにそんなことを言い出す名前の心理を、楠雄ははかりかねる。

なぜならばそれは、彼女がいま心からそう思っていることだったから。

─── "大切な友達"。

そうして以前ならば、間髪を入れずに "そんなのあってたまるか" とツッコミを返していたであろう幼なじみの少女のその言葉に、楠雄の脳裏には個性的過ぎる同級生の面々の顔が浮かんだのもまた、なぜなのか事実だった。

[でも僕は、]

「え?」

[・・・いや、]


─── "僕は。"

楠雄はそこまでテレパシーを伝えかけて、その "声" を飲み込む。

僕は。僕には。

ナマエ、おまえがいればいいんだ。

平凡でいい。平凡がいい。

他にはなにもいらない。

なのにおまえにそれを言われたら───僕は。

名前がいなくても僕はもう大丈夫なのだと、おまえ自身に言われたような気がして。

なぜ、こんなにも突き放されたような気持ちになるんだ───・・

真っ暗な世界にいる。

もう、ずっと。

聴きたくない、聴きたくもない醜悪な声、声、声。

そんな世界で醜くないと思えるものは、これまでに片手で数える程もなかったから。

『くーちゃんっ!』

真っ暗な世界。光の射す方向へ僕を呼ぶ───その、声は。


『よー、相棒。ラーメン食いに行こうぜ?お?』

『フッ、斉木。この学校にもついに "奴等" の気配がすることに気がついたか?』

『斉木くん!君の実力はこんなものじゃないはずだろぉぉお!!』

『あっ、斉木くにお!』

『はっ! ヤダ・・・私ったらまた斉木くんのこと見てた…!』

『これから帰りっスか?斉木さん!お供するっス!!』

───なぜ。

どうして、おまえの声だけだったはずの世界に。


「───と言うかね?くーちゃん。ルールブックには "超能力を使っちゃいけません" なんてまったく書いてないからね?」

[・・・・・・ハ?]

手を伸ばせば簡単に手が届く・・・目の前にいるはずなのに、ふと名前をとても遠くに感じて。

彼女に関することになると殊更にナーバスになってしまう自らの悪癖を苦々しく思い、楠雄が唇を噛みしめた時だった。

楠雄のそれとは正反対の、キラキラとした得意気な表情で名前はそんな、まずもって当たり前なことを言い始める。

「ホラ、足が速い子とか運動が得意な子がいるでしょ?超能力だってそれとおんなじで立派なくーちゃん個人の能力なんだから!ちょっとくらいそれを使ったって、まったくなーんにもズルじゃないとナマエは思うよ!」

[・・・・・・・・・]

それはエッヘン!と。やはりそんな擬音さえ背負っているかのように誇らし気な名前に、それまで険しかった楠雄の表情はきょとんとしたものになる。

[────・・]


『足が速い子とか、運動が得意な子がいるでしょ?』

『超能力だってそれと同じで立派なくーちゃん個人の能力なんだから!』


(くーちゃんを大切に想ってる友達はもうたくさんいるよ)

(もし何かあれば庇ってくれる友達はきっといるんだから!)

(だからもう、いままでみたいに無理に自分を抑える必要なんてきっとそんなにないんだよ───・・)

それでもこの幼なじみの少女が言いたかったことをそれでようやく理解した彼のその表情は、名前しか目にしたことのない穏やかなものになって。

「 ? くーちゃん?」

[ナマエ・・・おまえたまに、平然とブラックなことを言うよな]

「 ? そお?」

僕のこの超能力(ちから)をただの【個人の得意分野能力】扱いするのなんて、世界中探したってきっとおまえくらいだ。

怪訝な顔をこちらに向けている名前に、楠雄は声を上げて笑いそうになるのを何とか堪える。

「んーと てゆーか!だからね!もうくーちゃんはぶっちぎりで1位とっちゃえ〜って話だよっ!」

[いや、僕が狙うのは3位だ]

「え〜〜っ??」

彼女はいつも。

そうやって、僕の心を軽くする魔法(ことば)をかけてくれる。

いつだって、僕の不安や迷いを先回りして。

[・・・ああ、僕は、]

百万歩譲って、"彼ら" が僕を大切な友達だと思ってくれているとしても。

そうしてこれから先の未来、どんな出会いがあったとしても。

やっぱりそれでも、

僕にとっておまえだけはずっとずっとたった一人、"トクベツ" みたいだ。

───ナマエ。

僕らの世界は広がっていく。

緩やかに、でも確実に。

違う高校に進学すると決めたあの時点でそれはわかっていたはずなのに。

[僕はまだまだ、覚悟が足りていないみたいだな]

名前がいなくても広がっていく僕の世界。

僕がいなくても広がっていく名前の世界。

少しずつ、少しずつ。

それをかつて望んだのは自分のはずなのに───実際にはこんなにも複雑な心境になっていく自らの心に、密かな戸惑いを覚える楠雄だった。

そして。

「むぅ〜・・・でもさでもさ、」

[なんだ?]

「國春おじさんくーちゃんのこと明日ちゃんと撮影してくれるかなあ?」

[ ? なんでだ?]

「だっておじさんてばカメラ買ってからもうずっとおばさんのことばーっかり撮影してるんだよ?さっきも容量なくなった〜!って言って急に買い物に出かけちゃったし」

[・・・・・・・・・]

「ちょっと怪しいよねえ」

楠雄ばかりでなく、その父親のことまでも名前はバッチリとお見通しだった。

彼女のこの懸念が実際に現実のものとなるのは、明日の体育祭本番中のことである。










ψ【初恋のΨ難】
『広がる世界を望み
怖れたのは僕の方』










2012.11.24
2017.04.17 加筆修正
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