【斉木楠雄のΨ難 1】
□【変わらないものと、変わってゆくもの】
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─── "似ている" とは、正直確かに思った。
Ψ【変わらないものと変わってゆくもの】
"ちょっと色々" あって、その日楠雄が学校から帰宅した時間はいつもよりもだいぶ遅かった。
「あ・くーちゃんおかえりなさ〜い。 遅かったねえ?」
[・・・ただいま、]
そして彼を出迎えようと最初にリビングからひょいと顔をのぞかせたのは、楠雄の母───ではなくて。
その母に負けず劣らずのんびりとした声音の、見慣れたエプロンを身に纏う幼なじみの少女だった。
「えっとね、今日の夕飯はメインが焼き魚と生姜焼きでね!あとは炊き込みご飯と豚汁とサラダだよ〜」
[ああ。また母さんを手伝ってたのか?]
「うん!今日は早く帰れたからね」
[・・・・・・・・・]
楠雄の問いかけに、名前は彼女特有とも言えるくらいに人懐こい笑顔で頷く。
予定のない放課後は、楠雄の母を手伝って斉木家の夕飯作りをするというのが名前の以前からの習慣だった。それは高校生になって彼女がバイトを始めてからも変わらず、そうして実際楠雄を出迎えた名前の手の中にはジャガイモと皮剥き器がしっかりと握られていた。
「おばさんね〜私が持って来た回覧板をさっきお隣に持って行ってまだ戻って来てないの」
[ああ、通ったら "声" が聴こえた]
「あはは、やっぱり?」
いつもは家族みんなを温かく出迎えてくれる、母の笑顔とのんびりした声。
今日はそれがなかったことを楠雄が疑問に思わなかったのは、やはり自宅に辿り着くよりも前に通りがかった隣家から感じられた母の気配と声を、しっかりと敏感に察知していたからだった。
( ? くーちゃん?どうかした?)
[・・・いや。別に、]
自分を見つめたままテレパシーすら黙り込んでしまった楠雄に、名前は心の声で呼びかける。すると楠雄が返したのはどこか心ここに在らずといった生返事で。
可変可能とはいえ167センチと男子的にはそれほど高くはない高さに自らの身長を "設定している" 楠雄だが、とはいえ一方の名前も身長は153センチなので、あまり高いと言える方ではない。
楠雄の母などに至ってはそこから更に10センチ近く下の145センチ程しかないので、普段から接する機会の大半を占める彼女たちと話すには、いまの身長が楠雄にとってはベストとも言える高さだったりする。
それでも同い年の名前とは、小学生くらいまではずっと同じ高さ程にあった目線。互いに高校生となったいまでは14センチ下にある彼女の顔をジッと見つめる楠雄の脳内に、ふとこだまする声と再生する映像があった。
『ありがとう お兄ちゃん!』
『ウインドとは小さい頃からずっと友達なの!』
『いっつも仲良しなんだぁー!』
それは、今日の楠雄の帰宅がいつもよりも遅くなった原因である幼い少女の声。
"仲間" でも "ズッ友" でもない燃堂と海藤にしつこくつきまとわれうんざりしながらの下校中、飼い犬がいなくなったと道端で泣いていたその子供を見た時───楠雄のなかに込み上げたのは、確かに既視感だった。
『くーちゃん!』
『わあ、くーちゃんすごーい!』
『くーちゃん ありがとう!』
そうして今度は先程出会った幼い少女の声や姿で再生されていたはずの映像が、名前を前にして、楠雄の記憶や思い出に深く刻まれている少女のそれとすり替わっていく。
ツインテールはポニーテールに。
オーバーオールはワンピースに。
声も容姿も。果ては筋肉も内臓も骨格も、すべてが自分のよく知る幼なじみの少女のものへと変わっていった。
なのに、変わらない。
"似ている" と強く思った部分がひとつだけあった。
『ウインド見つかる?お兄ちゃん達が見つけてくれるよね?』
───それは。
『くーちゃんスーパーマンだもんねっ』
キラキラと輝く眼差しと、笑顔。
"自分のことを心から信頼してくれている" 、邪気のない。
それは母と同様に幼い頃からずっと、楠雄の心の拠り所のひとつだった───名前の。