【斉木楠雄のΨ難 1】
□【アラシノヨルニ】
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「・・・っく、ひっく・・」
[そんなに泣くくらいならなんですぐにうちにかけこんで来ないんだ?]
「 !! 」
[まったくおまえの "声" はうるさ・・、]
「───くーちゃんっっ!!」
[ !! ]
停電したのとほぼ同時に楠雄が瞬間移動で入り込んだのは名前の部屋だった。先程の落雷で斉木家同様に勿論停電していたので、室内は非常灯のほのかな明かりのみで当然に薄暗かった。
ドサッ!
まだ声をかけている途中で布団にくるまって怯えていたはずの名前が勢いよく飛び付いて来た為に、珍しく不意を突かれた楠雄はその場に彼女を抱えたまま倒れ込む。
「くーちゃんくーちゃんくーちゃぁぁあん・・・っ!!」
[・・・・・・・・・]
楠雄の背中にまわされた名前の細腕は、離すまいと力一杯に彼を抱きしめてくる。そうして突然前触れなく目の前に現れた幼なじみの姿にも、彼女が驚くということなどは一切なく。
むしろ楠雄の名を連呼するその声には、いま名前が世界中で唯一信頼出来るものにすがるような───そんな必死さだけがあって。
「こわかったよこわかったよこわかったよぉぉお・・・っ!!」
[────・・]
パニック状態で泣きじゃくる幼なじみの少女から伝わって来るのは、いまもなお光り、鳴り響き続ける雷への恐怖と。
やはりそれとは反面、楠雄が現れたことでとにもかくにも一気にひどく安心したというような、ひたすらにまっすぐな気持ちだけだった。
それは全面的な信頼。
絶対的な。
キレイで、まっすぐな気持ち。
楠雄にとっては醜悪な "声" を聴かされることが多い日々の中で、数少ない───自分のことを信頼してくれている少女の、心からの "声" 。
[・・・・・ナマエ、]
ややあって。すぐ鼻先で香る自宅のものとは違うシャンプーの香りがなぜなのか胸に苦しくて、楠雄は眉間にシワを寄せる。
そしてその苦しさを誤魔化すように、いまだに泣きじゃくって自分に必死にすがりついてくる幼なじみの後頭部に、彼はそっと手を乗せてみた。
[名前]
もう一度。そのままそっと、数回程名前の柔らかな髪を撫でながら、落ち着かせるようにして彼女の名前を呼ぶ。
(う──・・・)
[・・・・・・・・]
やがて伝わって来たのは、少しずつだが次第に落ち着いてきた心音と、唸るような名前の心の声で。
くーちゃん、
くーちゃん、
くーちゃん。
とか。しかし先程まで、この幼なじみは一度たりともそんな風に自分の名を呼んだりはしなかった癖に。
おまえがずっとそうやって泣きながら "呼んでいた" のは、帰りが少し遅くなりそうだと連絡を入れて来た───自分の両親のことだけだった癖に。
なのに。僕のことなんか、一度だって呼んだりなんかしなかったくせに。
なんでいまになって、そんなにバカみたく僕の名前ばかりを呼ぶんだ、
───バカナマエ。
[・・・おまえの叫び声、うるさいんだよ]
(うぅ・・・っ)
[僕ん家の風呂にまで聴こえてきてたんだからな]
(・・・ごめんなさぁい)
[おじさんたちが遅くなるならうちに来ればよかっただろ?]
(だっ、だって!さっきパパたちかられんらくが来たときには、もういきなりカミナリがなってたんだもん・・っ)
[じゃあすぐに僕を "呼べば" いいだろ]
(・・・だ、だってぇ・・)
淡々と。しかし至極ど真ん中の的を次々楠雄に言い当てられて、名前は眉根と視界をぐちゃぐちゃにして言い淀む。
生まれる前から近くにいて、一緒に育って来た。
だからこのお隣の家に住む幼なじみの少女の弱点のひとつが───先程からずっと外で暴れ続けている、雷だと言うこと。
そんなことはもうとっくの昔から、当然のことのように知っていた。
だから、"呼ばれたら" すぐに駆け付けようと思っていたのに。
・・・なのに。呼ばれなくて。
パパ、ママ。
パパ、ママ!
カミナリコワイ。
ハヤクカエッテキテ!
お隣からずっとずっと漏れ聴こえて来ていたのは、そんな "声" ばかりだった。
一度だって、"くーちゃん" なんて呼ばれもしなかったのに。
なのになんで、放っておけない。
放っておけなくて。業を煮やして来たら来たで、こんな。
目に涙なんかためて、こっちを見るなよ。
おまえなんか、5秒も見たら勝手にガイコツになるくせに。
[・・・・・・・・・]
都合よく泣き付かれたって、絶対に同情なんかしてやるものかと思っていた。
こんなに泣いても怖がっても、僕の名前を呼ばないナマエが悪いんだって。
けれど実際にこうやって目の前に来たら、楠雄の予想した通りにやはり名前は泣いていて。途端、それまでがまるで嘘みたいに名前を呼ぶものだから。
これでは、呼ばれてもいないのに顔を見せるのが癪で、雷に怯える名前の声が聴こえつつも無視し続けていた自分が───あまりに滑稽ではないか。
[・・・・・っ]
楠雄は名前に対する、自分でもこのところうまく消化できないでいる・・・その、ひたすらにもやもやとした気持ちに歯をくいしばる。
そうしてそんな心境で思い出すのは、昨日の放課後の出来事だった。
『名字ーっ、おまえまた斉木とかえるんだなー』
『 ? うん?』
『おまえら毎日いっしょにいるのなあ』
『だって帰る方向いっしょだもん』
『それにしても仲いいよなー』
という具合に。小学校も、中学年になってくると男女が一緒に帰るだけで冷やかされるようになる。
彼らには見えない少しだけ離れた先でその会話を "聴いていた" 楠雄には、当然この同級生男子の心の声はばっちりと丸聴こえだったりして。
(斉木ズリーなっ)
(なんで名字が斉木みたいな暗いヤツといっしょにいるんだよ)
(オレとだったらぜったいもっとたのしいぞ!)
確かつい先日まではコイツの一人称は "ボク" で、名前のことも "名前ちゃん" と呼んでいたはずなのに。
本当に。初恋だの思春期だの、まったくなんて厄介だ。他人に自分を卑下されるということにはとうに慣れた楠雄は、内心で深いため息をつく。
[悪いがそんなんじゃ、"おまえの気持ち" はナマエには1ミクロンも伝わらないぞ]
案の定、"斉木と仲いいよな" 発言の裏の意図にもまったく気が付くことはなく、名前はそれに対して相手の少年がかわいそうになるくらいの満面の笑みでうなずいて、すぐに楠雄の待つ方向へと踵を返していたのだった。