【斉木楠雄のΨ難 1】
□【彼と彼女とコーヒーゼリー】
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それはまるでコーヒーゼリーのような。
甘くて、ほろ苦い。
人間誰しも十数年と生き続けていれば、譲れないものや大切なもののひとつやふたつくらい出来るだろう。
それは人の数だけ各々違っていて当たり前な訳で、だからそれがあえて何なのかということにまでいちいち言及をするような野暮なことをしたりはしない。
他人にはあり得ないと思えても、勇気や希望、生きる力を与えてくれるものなんてのは本当に人間皆それぞれ驚く程に違うから。
そうして。
自分自身がこの幼なじみの少女に抱く気持ちには、別にきちんと名前があるということも。
それを楠雄は、高校生になったいまではとうに理解していた。
かと言って、名前にとってはいまのところ自分が単なる幼なじみでしかないということも、彼は彼女の心を読むまでもなくちゃんとわかっている。
"いまのところ"。
そうやって答えを先送りにして、気が付けばもう互いに高校生なんぞという厄介な年頃になってしまっていた。
その答えを得る為の行動を起こさなければならないということ。差し迫る時間の足音は、段々と大きくなって。
とはいえこの幼なじみというぬるま湯につかったような・・・砂糖や蜂蜜漬けのようにひどく甘ったるい関係にも、自分が居心地のよさを感じてしまっているのもまたまぎれもない事実だった。
大切だから失いたくない。大切だから手放したくはない。手放せない。
傷付けたくはないから。まさにひとつまかり間違えば、すべてを失いかねない強大な力を抱えて。
そのせいで彼女を失うくらいなら───傷付けてしまうくらいなら。
何もいらない。
それでもいまのままでいたい。いや、いまよりももっと進んだ場所に行きたいと。
望む。望んでしまう。
・・・そこに生じる明らかな矛盾を、
[僕は、名前、]
───やはりとうの昔にわかっていて。