【斉木楠雄のΨ難 1】

□【彼と彼女とコーヒーゼリー】
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Ψ【彼彼女コーヒーゼリー】










「くーちゃんてホントにコーヒーゼリーが好きだよねえ」

[全然嫌いではないな]

名字家。ダイニングのテーブルに向かい合って座る名前に向かって、楠雄は先程彼女に手渡されたまだ未開封のコーヒーゼリーを見つめて即答した。するとその彼らしい言い回しに納得しつつも、名前は頬杖をついて肩を竦める。

「でもビックリしちゃったよ〜。さっきママたちから届いたコーヒーゼリー、夕飯ご一緒がてらにお裾分けに行こうとしたらいきなりくーちゃん家の窓ガラスが全部割れるんだもん!」

[・・・悪かったな。両親にスイーツタイムを邪魔されて、僕としたことがついカッとなってしまった]

それは名前が学校から帰宅してちょうどにタイミングよく届いた宅配便を整理してから、いつも通りお隣に晩ご飯を食べに行こうと、斉木家に繋がる自宅の勝手口の鍵を開けた時のことだった。

突然パパパパ──ンというけたたましい音と共に、目の前の見慣れた家の窓ガラスが彼女の目の前ですべて粉々に砕け散ったのだ。

半年程前も夫婦喧嘩でカッとなったという楠雄の父が自宅中の窓ガラスを叩き割ったというとんでもないことがあったが、その時とは明らかに違った尋常ではないガラスの割れ方に、名前はすぐ生まれもって特殊な力を持つ幼なじみの顔を思い浮かべたのだった。

「まあでも、おじさんたちの喧嘩が収まったんならよかったけど…」

[この半年の出来事がまるで嘘みたいだ。・・・いまなんて一緒に風呂に入ってるし]

「あはは。でももともとくーちゃん家はアツアツ夫婦だもんね」

[さっきまでは別の意味でアツアツだったんだがな]

楠雄が超能力で窓ガラスを割った件に至った経緯としては、楠雄の父が家中の窓ガラスを割りまくった件からこの半年程ずっと続いていた、彼の両親の夫婦喧嘩が関係していた。

平穏な生活を侵害されるのは嫌だと思いつつ、大人げなく歪み合う両親の心の声がテレパシーで駄々漏れな楠雄にとっては、それがなんてことはない…彼らの単なるくだらない意地の張り合いだということがわかりきっていた為に、関与せず放っておいたのだったが。

しかし普段はそんなスーパークールな彼に代わってストッパー役をこなす名前が不在だったことにより、今日はますますエスカレートしていってしまった両親の意地の張り合い。

しかしそれも、超能力のせいで荒むことばかりな人生の数少ない心安らぐ時間であるスイーツタイムを邪魔されたことによりキレた楠雄によって、【強制以心伝心】という力業で以て、ようやく問題解決に至ったのであった。

そうしてその後、今度は苦労の末にやっとゆっくりとありつけることになった大好物であるコーヒーゼリーを、仲直りした両親に手中から奪われたことにより、楠雄は再びキレて力で家中の窓ガラスを割ってしまったのだ。

「くーちゃんの気持ちはわかるけど、でも "つい" で家中のガラス割っちゃダメだよぅ」

[・・・・・・・・・]

そう言って、まさにプリプリという擬音が相応しい表情で、目の前の名前は頬っぺたを膨らませ唇を尖らせていた。

息子の自分そっちのけで、まるでこの半年のロスを取り戻すかのようにイチャコラする両親に耐えかねて、彼らと同じ屋根の下にいるよりはマシだと楠雄は現在お隣の家のリビングに身を寄せているのだが。

いまもなお自宅から聴こえる両親のイチャコラ声もスルーして、幼なじみの少女のそんな子供のような怒り方を微笑ましく思ってしまうのは───それは高校生となった現在も、昔の彼女となんら変わらないことに安堵を覚えるからなのだろうか。

[・・・悪かったな。本当にケガはしてないのか?]

「それは大丈夫! ホラ、どこもなんともないでしょ?」

[・・・ならよかった]

「てゆーか、くーちゃんの超能力(ちから)が私を傷付けたことなんか一度もないよ?」

尖らせていた唇もどこへやら。表情を曇らせる楠雄に手のひらをヒラヒラとさせて、名前はあっけらかんと無傷をアピールして見せてくる。

[・・・いままでがそうでも、この先がそうとは限らないだろ]

「う〜ん・・・でもさ、これから先もしそんなことがあったとしてもそれはもうどうしようもない不可抗力だってわかるし。それにやっぱりくーちゃんの超能力(ちから)はいままでずっとナマエを守ってくれてたから、」

(だから、気にしなくて大丈夫だよ)

"ビックリはしたけどね?" と。

最後の方の言葉は実際に名前の声に乗せて発せられたものではなく。その言葉に嘘はないのだと証明するように、直接名前の "心" から楠雄の "心" に届いた言葉だった。

名前の言葉は、昔から魔法のようだ。

目の前でニコニコと笑う名前を見つめて、楠雄はそんなことを思う。

さりとて5秒以上見つめたら、文字通りに骨まで透けてみえてしまうのに。

皮膚ひとつを剥いでしまえば例外なくすべてが同じ肉塊でしかない人間が、なぜなのか彼女に限っては、特別にこうも愛おしく思えてしまうのは。


───それは。



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