【斉木楠雄のΨ難 1】
□【幼なじみのΨ難】
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─── "幼なじみ"。
斉木 楠雄と名字 名前は、確かに小さい頃から家が隣同士の "幼なじみ" だ。
その関係性と互いの認識に、なんらのズレはない。
しかし。
「名前ちゃんオレっち達これからラーメン食いに行くんだが一緒にどうだ?」
[その『達』にはやはり僕も入ってるのか]
少しの談笑の後、それだけで名前のことをすっかりと気に入った様子の燃堂が、決まり文句となっているその誘いを突拍子もなく口にする。
この状況でのそれは燃堂なら全然言いかねないことだったと、ずっと自分が恐れて避けてきた展開を迎えようとしている会話の流れに楠雄はげんなりとなった。
楠雄自身は初めから燃堂と二人きりでラーメンに行くつもりなどは毛頭なかったので、もしもこれで名前がこの誘いにOKの返事を出すとなると、それは楠雄的にとてもとても厄介なことになってしまう。
自分と違い社交的で人好きのする性格である幼なじみが、燃堂のこの誘いを断るという可能性は現状では非常に低い。楠雄は "個人的事情" から彼らを二人きりでラーメン屋などに到底行かせられる訳もないので、そうなると自然楠雄もそこに帯同せざるを得なくなってしまうのだ。
どうにかしてそれだけは避けなければ。
多少強引だが、超能力を使っていっそのこと燃堂の時間だけを一日前に戻してしまおうか。
[・・・これまで物質に行使したことなら何度かあるが、さすがに人間相手に時間を戻す力はまだ使ったことはないんだが、]
ネンドウナラダイジョウブダロ。
・・・なんて、そんなちょっと?物騒な考えを楠雄が抱いていると。
「ごめんなさい、今日はこれからバイトなの」
彼の気苦労などやはり気付くはずもない幼なじみの少女は、あっさりとそう断りを口にしたのだった。
[ナイスだ 名前]
そういえば今朝方朝食の席で今日はバイトだとうちの母に言っていたな。アクシデントによりそんなことはすっかりと失念していたが、燃堂などに余計な超能力を使わなくて済んだ楠雄は内心で名前に親指を立てるのだった。
「そうか、そりゃあ残念だがバイトじゃあ仕方ねーなあ。今度は一緒にラーメン行こうぜ」
[ラーメンはおまえにとって仲良くなる儀式か何かなのか?]
「はい!是非っ」
[おまえも是非とか言うな、名前]
人の苦労も知らないで。
「燃堂さん!楠雄のことこれからもよろしくお願いしますね。こんな感じでいっつもテンションは低いけど、でも本当は面倒見のいいとっても優しい人なんで!ずっと仲良くしてあげてくださいっ」
[貶してるのか褒めてるのかハッキリしてくれ]
「おう、相棒のことはオレっちにまかせな」
[僕は任せた覚えはないんだが。僕の意志は無視なのか]
「じゃあくーちゃん、時間だから私もう行くね!今日も大体いつも通りの時間に終わるから!」
[・・・気を付けて行けよ]
燃堂に母親張りの念の入った挨拶をしてから楠雄にそう告げると、名前は元々歩いていた歩道の方角へと軽快に歩を進めて行く。
「くーちゃんバイバーイ!」
しかし一度だけ。自分を見送るように立ち止まったままの楠雄を振り返ると、彼女は花のような笑顔で大きく手を振ってきた。
[バカッ ちゃんと前を見ろ!前をッ!]
「ひゃッ・・?!」
するとそのせいで名前は路上に立てかけてあった看板にぶつかりそうになった為、いち早くそれを察した楠雄があわてて力でその事態を制した。
咄嗟のこととは言え、その程度ならば周囲の人間にもバレないように超能力を行使することは楠雄には朝飯前だった。おかげで名前は看板にぶつかることもなく無事だったので、いまほど自分を守ってくれたであろう幼なじみの彼の方に、くるりと振り返る。
( "いまの" くーちゃんだよね?ありがとう!)
[・・・ドジな幼なじみを持つと苦労するよ]
(えへへ、ごめんなさい!)
[いいからもう行け。今度はちゃんと前を向いて歩けよ。僕ももう行くから振り返る必要はない。・・・バイト、頑張れよ]
(うん!ありがと!じゃあ行ってきまーす!)
「燃堂さーん!今度は私もラーメン一緒させてくださいねーっ!」
「おうっ」
[だから余計なこと言うなよ]
高校生になってもなお華奢でほっそりとした体躯の幼なじみの少女は、そんな問題発言と一緒に能天気な笑顔を残して今度こそ人の流れへと消えていったのだった。
「おいおいいま危なかったなあ、名前ちゃん!看板にぶつかりそうになってたぜ。でもトロそうに見えて反射神経いいんだな」
[いまほど燃堂が単純バカで本当によかったと思ったことはないな]
もう行くからと言った癖に、しっかりと名前の背中を見えなくなるまで見送った楠雄は内心でそのことに安堵する。
ちなみに、名前の体育の成績は小中高校と一貫してずっと【3】かよくても【4】だった。
しかし実際それは限りなく【1】に近い【3】ないしは【4】であって、そこに本人のやる気や懸命さなどの平常点が加味された上での成績なのだ。
鈍くさくて、うっかり者で、単純思考な。
お隣で "幼なじみ" の名前ちゃん。
"くーちゃんお腹痛いよ〜" とか、
"くーちゃんナマエうんちしたい" とか、
"くーちゃんオナラ出そう" とか。
一緒に過ごしてきた十数年、そんなのはもう何度も何度も何度も、うんざりするくらいに聞かされてきた彼女の心の声。
───でも。
(くーちゃんはすごいなあ!かっこいいなあ)
[僕の超能力を知っても、父や母や兄のように血の繋がりがある訳でもないのに───いままでに一度だってそれを気味悪がったりしたことがないのが、名前なんだ]
『───くーちゃんっ!』
昔からずっと。
名前が能天気な笑顔で駆け寄って来る。
そうしたら、"生まれた時から全て奪われた世界一不幸な男"。
そんな風に卑屈で後ろ向きな楠雄の気持ちも、自然と少しだけ前を向く。
ドジで鈍感な、愛すべき幼なじみ。
[僕の側にそんな名前を与えてくれた───いるとも知れない "神" とやらに、いつもそれだけは感謝したくなる]
「お〜いっ、相棒!早く行こうぜラーメン屋ッ!麺が伸びちまうぜ!」
[ノビルワケナイダロ]
「いやあ、にしても相棒にあんなカワイコちゃんな幼なじみがいたなんて知らなかったぜ」
[ひた隠しにしてきたから当然だ]
「あんなかわいくていいコが幼なじみなら、相棒が照橋さんに見向きもしねーのは仕方ねーなあ。惚れちまうのも無理はねーよ。あ、安心しろよ?オレは間違っても相棒の好きな女に手ェ出したりなんかしねーからよ」
[────・・]
「なあ相棒ッ・・・あ? アイツどこ行ったっ??」
ブラジル・サンパウロ。
フォンという空気を裂くような音と共に、そこに忽然と姿を現したのはもちろん楠雄だった。
[・・・・・・なんでわかったんだ、燃堂]
そして一瞬前に燃堂の口にした言葉が、呆然とした楠雄の中でもう一度再生される。
『あんなかわいくていい娘が幼なじみなら、相棒が照橋さんに見向きもしねーのは仕方ねーな』
『惚れちまうのも無理はねーよ』
[・・・・・・あまりに驚いて、うっかり地球の裏側にまで飛んでしまった・・]
これまでずっとひた隠しにしてきたとはいえ、本人にもまったく気付かれてもいない───僕のこの、気持ちを。
よりにもよって、燃堂なんかに見透かされるなんて。
[・・・マインドコントロールで記憶を消すか・・・?]
それにしても燃堂の存在というのは本当に危険過ぎる。
楠雄はいまさらながらに改めて "それ" を実感して。
[それともやはり存在自体を消してやろうか]
ドジで鈍感な幼なじみの能天気な笑顔と燃堂の不気味な顔を交互に思い浮かべつつ───地球の裏側で、そんなことを本気で思い悩む羽目になるのだった。
ψ【初恋のΨ難】
『幼なじみのΨ難』
2012.09.04
2017.03.22 加筆修正