【斉木楠雄のΨ難 1】
□【幼なじみのΨ難】
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───名字 名前はヘンな女だ。
超能力者・斉木 楠雄は昔から常々そう思っていた。
Ψ【幼なじみのΨ難】
「お〜い!楠雄!くーちゃーん!」
[ ! ]
「お?何だ相棒?知り合いか?」
今日も今日とて燃堂に、
「ラーメンでも食いに行くか?お?」
等と、既にウザイくらいお馴染みとなった誘い文句をかけられて下校中のことだった。
大通りを挟んで反対側の歩道から不意にそんな聞き慣れた声が届き、それまでほぼ無表情だった楠雄の眉間には盛大な皺が寄る。
[・・・ちッ。燃堂の突飛な言動に気を取られて、僕としたことが名前の気配が近付いていたことにも気付かなかったなんて、]
─── 一生の不覚。
これまでそれだけは何とかひたすらに避けてきたのに。
しかし自らの安易過ぎるうっかりミスが招いた目の前の緊急事態に、楠雄は内心でその眉間に深く刻まれた皺と同じくらいに盛大に舌を打つ。
放課後の空はいま、そんな彼の複雑な心境とは真逆なくらいに広く晴れ渡っていた。
「くーちゃん 久しぶりだね!」
[・・・何を言ってるんだコイツ。今朝だって会ったろ。と言うか毎日のように会ってるだろ]
自分の焦りにもまったく気付かず、いつも通りそんな能天気なことを言って喜んでいる名前に、楠雄も理不尽だとはわかっていて苛立ちを覚えてしまう。表情が常からあまり動かない彼とは反対に、彼女のそれは頭上の晴れ渡る空のようにニコニコと朗らかだ。
「あ・違うよ〜。ホラ、こんな風に放課後外でバッタリ会うのが久しぶりだねって意味だよ!」
[・・・・・・・・・]
長年の付き合いで、勝手知ったる楠雄の心境。言葉にせずとも彼の表情を見ただけで、名前は楠雄の思ったことに答えを返す。
彼女のたまに見せるその鋭さは、楠雄にとっては唯一思考を読めない燃堂並みに不可解だった。
[・・・相変わらず、鋭いのか鈍いのかよくわからんヤツだな]
───でも。
[いま僕がそれとはまったく別の理由で苛立っているということまでは、さすがの名前も察してはいないだろう]
"それ" はこれまでに自分が彼女にはひた隠しにしてきた感情なのだから、当然といえば当然なのだ。
楠雄は目の前でひたすら無防備に笑う名前の笑顔を見て、安堵の中に寂しさの混ざった複雑な感情を抱く。
しかし。いまの楠雄には、そんな感傷的なことにばかり気を取られてもいられない事情があって。
「おいおい相棒、なんだよ誰なんだ?このカワイコちゃんはよぉ」
[カワイコちゃんて。おまえ一体いくつだ燃堂]
案の定な展開。名前を見て挙動不審な言動で絡んでくる燃堂に、楠雄は内心で深い深い溜め息をついた。
「初めまして。私 名字 名前といいます」
「お? おう!オレっちは燃堂 力!相棒の相棒だぜっ」
「やっぱり!あなたが燃堂さんっ!?久留美おばさんが言ってたくーちゃん家に初めて来たお友達の!」
「お、おうっ! 友達って言うか、オレは相棒だけどなッ」
「あははっ、はい!そうでしたねっ」
[・・・だからおまえも、相棒ってのが何なのかツッコもうか名前]
かつて燃堂に【斉木】という表札だけで自宅を探り当てられた時の光景と重なって、楠雄を既視感が襲う。
そして母と同様まったくの初対面だというのに自分などそっちのけで燃堂と会話を弾ませる名前に、楠雄のツッコミと苛立ちは益々のように募っていく。
・・・だから嫌だったのだ。
学校のヤツと一緒にいるところを、名前と遭遇するのは。
フツフツと募る苛立ちを抑えるように、楠雄はこれまでの自らの人知れぬ努力を回想する。
実を言えばこういった下校中や、自宅にいる時。
名前や燃堂などの当人たちが知らないだけで、これまでに接近遭遇するというニアミスならば以前にももう何度かあったりしたのだ。
しかし名前の気配ならば "通常状態" でも1キロ先から察することの出来る楠雄は、それをこれまでことごとく回避してきた。
特に一緒にいるのが燃堂だけならば、多少強引に超能力を使ったところで問題はないということを彼はすでにこれまでの経験で認識していたので。
そうして人知れず、名前と学校のヤツらの接触だけは何とか避けてきたはずなのに。しかしそれも今日先程のあの一瞬の油断によって───これまでの努力のすべてが、水泡に帰してしまった。
「ところで名前ちゃんは相棒のなんなんだ? "コレ" か?」
[だからおまえはいくつなんだ燃堂。小指を立ててセクハラ親父か?]
出会って1分で打ち解けて、3分でもう "名前ちゃん" 呼びの馴れ馴れしい燃堂に、楠雄のイライラは早くもピークだった。その足もとのアスファルトに、我知らずピシリとヒビを入れるくらいには。
「あははっ、違いますよ。私と楠雄は小さい頃からずっと家がお隣同士なんです!」
「へ〜 それって幼なじみってヤツか?」
「はい、そんな感じです!ねっ?くーちゃん!」
[・・・・・・まあ、端的に言うとそうだな]
育ちの良さを窺わせる人懐こい笑顔で、名前は燃堂の言葉をやんわりと、だがキッパリ否定する。
同意を求められたその邪気のない笑顔には、わざわざテレパシーで心を読むまでもない程に嘘はなく。肯定を返した楠雄の胸は、しかしチクリと針が刺したように小さく痛んだ。