お話。

□まとう日々。
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お天気のいい日曜日。

わたしはカメラを持ってでかける。


空はどこまでも碧くて、

風に少しだけ、夏の匂いがまじった。

わたしは、この目にみえる世界をひとつずつ、

できるだけ丁寧に、四角く切りとってゆく。


おばあちゃんは、絵を描くことが好きだった。


だから、おばあちゃんの暮らすマンションの一室は、いつだって絵の具の匂いがした。

お皿や、テーブル、おぼん、棚のいたるところに、少しずつ絵の具がついている。

おばあちゃんのしるしみたいだと、幼いわたしは思っていた。



体のぐあいが芳しくなく、
入院することになって、半年になる。

小高い丘の上にある病院の片隅、
窓ぎわのひとつは、

おばあちゃんの長年暮らした部屋のようになっていた。




「おばあちゃん、きたよ」

「依(より)ちゃん、きてくれたの」




カーテンの中で、おばあちゃんはテレビを見ていた。 イヤホンを耳につけて。

お昼すぎのテレビは、妙にまのびしている。


わたしの顔をみると、おばあちゃんは にっこりと顔をほころばせた。

うれしそうに「おいでおいで」と手招きする。

わたしは、こどもの頃 母につれられて、

おばあちゃんのおうちに、遊びに来たかのような気持ちになる。


絵の具の匂いが、鼻を掠めた気がした。


あの頃のわたしは小さかったのに。
おばあちゃんは、あんなに大きかったのに。


月日はゆっくりと、確実にわたしたちの中でまわり、

それぞれに今を届けているのだとわかる。




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