お話。

□温かなゆびさき。
1ページ/2ページ





君とはじめて手をつないだのは、夏の始まりだった。

雨の季節をぬけて、空はどこまでも碧くて、
雲の白が、あちこちでとけていた。
初夏の匂いが、芝生をなでる。

君は、ずっと下をむいて、黙って歩いていた。
僕は 君の手をひきながら、
熱をおびてゆく手の温度ばかり気にしていた。

だんだんと暮れていく日の中で、
僕たちは ただどこまでも歩いた。
学校や見知った町が、どんどんはなれてゆく。

君のながい髪が そよとなびくようすや、
瞳を伏せたときに つげが影をおとすさまを、その横顔を、
愛おしく思いながら、見ていた。

教室のなかで いつも目で追っていた君が、
僕のとなりにいることが不思議で、
しあわせで たまらなかった。

その手に、頬にふれたいと、いつも思っていた。

遠くで君が笑うと、
なぜだか離れた僕までもうれしくなること。
君の声がする方を、いつも見ていたこと。

君は、知っていたのかな。

途中「ちょっと疲れたね」なんていって、
ならんで缶ジュースをのんだ。
君の好きなものを、なにひとつ知らなかった僕は、どれにしようか とてもなやんだ。

笑ってしまうような、些細なことで、真剣に。

「ありがと」といって、受けとった君の白い手。
当たりまえのように並んだ影が、
すこし揺れて 寄り添った。

日が暮れる。
夜になると、夏の匂いはとても濃くなる。

「帰ろうか」

彼女の手をとって、もときた道をまた歩き始めた。

君のこっくりと黒い髪は、
オレンジ色に染まって、それから濃紺に変わっていった。

君が遠くの街へいってしまうとわかる 少しまえのこと。




次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ