お話。

□いつかの惑星。
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星みたいに、オレンジ色が列なった道を、
僕たちは走っていた。
車のなかは、静かなボリュウムで、
ラジオが流れている。

泣きたいのに、涙がでてこないのはどうしてだろう。


もも色の頬。切りそろえられた爪。影をおとすまつげ。
うすい耳たぶ。小さくてまるい ひざこぞう。

もしも 彼女に気持ちがなければ、
僕のものに出来るのに。

彼女のひざにのせた ケーキの箱が、小さく揺れた。
横顔があんまりきれいで、無垢なので、壊してしまいたくなる。

花を摘みとるように、すべてを終わりにしてしまおうか。
ふれることさえままならないのに、そんなことを思った。

「イツシマくん、土曜日にすきやきしようか」

小さな声で、彼女がいう。

「このところ、すこし冷えてきたし、秋だし」

「うん」

「うちでは、お祝いのときの夜ごはん、必ずすきやきだったの」

やさしくされるとうれしくて、とても苦しい。

いっそ犬や猫に生まれたら、よかった。
彼女に、ふれられるのなら。
花に生まれて、彼女に千切られてもいい。

「一緒に作って、いっぱい食べよう。イツシマくん」

信号が黄色になる。
なるべく静かにブレーキを踏んで、そっととなりを見た。
花のようにふわりと笑って、彼女は僕を見ている。

「だいじょうぶ」

ふれたい、

「イツシマくんは、だいじょうぶだよ」

こわしたい、

「ずっと、わたし 好きだったもの」

大切なもののために、自分を失うのなら、
ちっともかまわない と思った。

彼女の箱をもつ、すべらかな手。
ぼくたちは、夜をゆく。


朝になったら、もう逢うことはないのかもしれない。





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