お話。

□花とミルク。
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樹(いつき)くんは、ミルクと花のような匂いがする。
なんの花なのかは わからないけれど、そう思う。

ドアの向こうで 自転車がとまる音。
わたしは、カギをあけにゆく。

「ただいまー」

「おかえり」

「ああ 疲れた。腹へったー!」

樹くんの肩あたりから、煙草の匂いがする。
樹くんもわたしも、煙草は吸わない。
お酒は、週末たまに 少しだけ飲むけれど。

「花(はな)ちゃん」

「なに?」

背の大きな樹くんが、いきなり抱きついて来たので、
台所に立っていたわたしは、バランスを崩してしまう。
すこし冷えた指さき。かすかに夜の匂い。

「きょうさ、すごい暇だった。バイト」

「そうなの?」

「うん。それで、あんまりにも暇だったから、
いろいろ考えてた」

「ふうん。たとえば どんなこと?」

「うーん。親とか 友だちとか、
あと花ちゃんのこととか。いろいろ」

「それでどうして 悲しくなるの?」

「わかんない。もう忘れちゃった」

「ふうん」

樹くんは 冷蔵庫からお茶を出して、そのままごくごく飲んだ。
のどが小さく上下して、可愛らしい。
なんだか猫みたいだ と思った。



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