ゆめ 花と惑星。

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焦燥







「あんた、京の人か?」




まだ日も昇りきっていないうちから、

山ほどの洗濯物を抱えて中庭にでると、

やんちゃな顔つきの男の子が立っていた。


瑠璃色の髪を無造作にひとつに結わえ、

うっすらと日に焼けた肌がまぶしい。



「えっと、ごめんなさい。

京のことは、よくわからなくて・・・」



わたしがそう答えると、

彼はあからさまにがっかりした顔になった。



「・・・そうか。邪魔したな」



彼がくるりと背を向けて去ろうとすると、



「おいおい。おまえ、そりゃねえだろ」



と、呆れた声が落ちてきて、

手に持っていた洗濯物が、掬い上げられた。



「・・・原田さん!」



「おはようさん。

朝早くから、おまえも大変だなあ」



わたしに労わりの言葉をかけてくれたと思ったら、

すぐに瞳を鋭くして、その彼に向き直る。



「それより、龍之介。

おまえ、女子が山のような洗濯もん抱えてんのに、

用件だけ聴いて、はいさよならってのはねえだろ」



「・・・悪かったな。急いでるんだよ」




彼はバツの悪そうな表情で、もごもごと云った。

手伝って貰おうとは少しも思っていなかったので、

言葉が浮かばないまま、わたしはぶんぶんと首を横に振った。



「だいたい京のことなら、八木さんに聴けば早いだろ?」



「いや・・・なんつーか、

わざわざ母屋に、聴きに行くことでもないからな」



「・・・芹沢さん、また無茶云ってんのか?」



「あのひとの無茶は、いつものことだが、

最近は島原に通い詰めで、豪遊ばかりしてるな。

どっから金が出てるかわからないが」



「・・・芹沢さん、」



わたしが思い出すようにつぶやくと、

龍之介と呼ばれた男の子が、驚いたようにこちらを見た。



「あんた、芹沢さん知ってるのか?」



「あ、いえ。一度お逢いしただけなんですけど」



「龍之介、いいからおまえも手伝え。

どうせ芹沢さんまだ寝てるんだろ」



と原田さんに促されて、

彼はわたしたちに付いて、結局洗濯を手伝う形になった。

彼らが井戸から水を汲みあげてくれたので、

たらいに水を張り、そこに灰の粉をとかす。

つい最近わかったのだが、

米ぬかよりも灰の粉のほうが汚れがとてもよく落ちるのだ。


わたしの洗った洗濯物を、二人で絞り順に干してくれる。

この洗濯物を絞る、という作業が毎回大変で、

思いのほか、自分が非力なのだと実感する。


今日は、男の人が手伝ってくれるので、

あっという間に仕事が片付いていった。


ここには洗濯機も乾燥機もないので、

洗濯は日々の天気との勝負だ。

見極めや始め時を読みあやまると、大変なことになる。


洗濯物のしわを伸ばしながら、なんとなく三人で並ぶ形になった。

原田さんが、わたしに彼を紹介してくれる。



「こいつは、井吹龍之介。

なんつーかまあ、今は芹沢さんの犬してんだっけか?」



「・・・ばっ!」



顔をあげて、抗議の声をあげようとする井吹さんに、



「はは、冗談だよ。

まあ、芹沢さんの小姓をしてるってとこか」



「だいぶ無理やり、だけどな」



不服そうに井吹さんが言うと、



「この娘は、小森花。

近藤さんの縁者で、ここに来てまだまもない。

念のため云っとくが、

総司の手付けだから、手出したら殺されるぜ」



そのことばを聴くなり、

彼は瞳を大きく見開いて、こちらを見た。



「沖田のって・・・それ、本当なのか?」



ひどく真面目に問い返すので、

どこか疑われるような不自然なところがあったのかと、

ドキリと跳ねうつ胸の内を悟られないように、

必死に平静を装いながら、うなづく。



「なんだよ、龍之介。

もしかして、一目で惚れちまったのか?

男は、あきらめが肝心だぜ」



原田さんが、にやりと笑いながら返すと、



「・・・いや。そうじゃなくて。

あの沖田が公言してるって思うと、

なんていうか、かなり意外だからさ」



「まあな。それは、否定しねぇが」



驚いたように、彼が瞬きをしてつぶやくと同時に、

ガツン、と鈍い音がして、井吹さんが頭を押さえてうずくまっている。



「あれぇ、もしかして井吹くんじゃない。

そんなとこにいたの?」



竹刀を持った沖田さんが、しれっと意地悪な笑みを浮かべていた。

絶対にわざとだ・・・と思ったけれど、

あえて口に出さないでおく。

けっこう良い音がした彼の後頭部は、無事だろうか。

井吹さんは、竹刀をぶつけられた頭を押さえながら、



「この間合いで、分からない訳ないだろうが!」



と、至極当然な文句を云っている。



「・・・犬コロはいいとして、左之さんも一緒に、

朝から花ちゃんと、何してるの?」



「いえ、あの・・・」



あまりご機嫌がいいとは云えない表情で、沖田さんはこちらを見た。

別に悪いことはしていないのに、

なんだか叱られているような気持ちになってしまう。



「見りゃわかるだろ。洗濯してたんだよ」



原田さんが助け舟を出してくれたので、

わたしは、まごまごしつつも頷く。



「ふうん。まあ、いいけどね」



沖田さんの声は、かすかに怒っているようで、

どうして彼の機嫌を損ねてしまったのか、

見当のつかないまま、視線を泳がせてしまう。



「それより、いまの話ほんとうなのか?」



竹刀で小突かれた頭をさすりながら、

ことの真意を確かめるように、改めて聴いた。



「いまの話って、何のこと?」



沖田さんが、瞳を細めて聴き返す。

心臓が波打つように早く鼓動をうって、

うなじから首を伝って汗が落ちていく。



「だから! この女(ひと)が、沖田のだって話だよ」



わたしと沖田さんの間には、

まちがっても、恋人のような親しい空気感はないだろう。



「・・・ふうん」



沖田さんは、わたしと彼をゆっくりと見比べて、

うっすらと口もとに笑みを浮かべると、



「井吹くんは、それを知ってどうするつもりなの」



と、真意を確かめるように聴いた。



「どうって、別に俺は・・・」



不服そうな顔つきで、彼が応える。



「それなら、別に良いけど?」



と、前置きをして、沖田さんはわたしの肩を引き寄せた。



「この娘に手を出すつもりなら、容赦しないよ」



沖田さんの声が、すぐ傍で聴こえる。

胸の奥を、ぎゅっと掴まれたような、

あまい恋とは別の、緊張感が背中に走った。



「花ちゃん、おるー?」



八木家の母屋のほうから、雅さんの声がして、

わたしが顔をあげると、風が吹いた。



「ほら、お勤めだよ。いっておいで」



そう云って、優しく肩をおされる。

風にゆれた沖田さんの瞳が、思いのほかやわらかくて、

ほんの一瞬、時が止まったように思えた。



「・・・はい」



短く返事をして、わたしは駆け出した。

このあとに、波乱が待っているとも知らないで。





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