お話。

□まとう日々。
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「依は、ほんとうにおばあちゃんが好きなんだなあ」



恋人のゆうくんは、そういって笑った。

たまの休みのデートで、写真ばかりとっているわたしを、

まぶしそうに笑って みている。


でも、わたしはすこし後ろめたかった。



電車やバスに乗ることも、

おばあちゃんに筑前煮やくだものを届けることも、

写真をとることも、わたしはほんとうに愉しいのだ。



愉しくてしていることは、

なんだかいけないことのように思えた。



おばあちゃんは入院しているのに。


恋人は、おばあちゃんに逢いたい、

と言ってくれたのだけれど、

おしゃれが大好きなおばあちゃんは、

「元気になって、パーマをきれいにあててからね」

といっているので、おあづけなのだ。



退院できたら、みんなで旅行にいこう。

一緒に暮らそう、アトリエを作ろう、なんて、

夢みたいに 温かいことばかり 話していた。




いつか ここにある日々は すべて過ぎ去る。

そして もう二度とふれることは出来ない日常になるのだ。





わたしはそれを知っていて、

だから ひとつずつ丁寧に切りとって残すのだ。



今しかないもの。いつか消えるもの。

切ないまでに、温かいもの。




おばあちゃんの描いた絵も、

わたしのとった写真も、きっと残る。



たとえ わたしたちが、

ここからいなくなる日が来たとしても、きっと。




そのときに、残されたわたしたちの大切な人が、

わたしたちの好きだったものをみて、

やらわかな気持ちになってくれたらいい。




わたしの手から、枇杷の匂いがこぼれる。

夕暮れがしっとりと 病室の中を浸していった。




きっともうすぐ仕事を終えて、

母がここにやってくるのだろう。




わたしたちは、この日々をまとって、生きるのだ。
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