お話。

□まとう日々。
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「はい、おみやげ。枇杷、すこし食べる?」

「じゃあひとつ。
あとは、冷蔵庫に入れておいてくれる」

「うん」



わたしはまるい椅子に腰かけて、枇杷の皮をむいた。

小さいテーブルには、鉛筆とノート、

お気に入りの絵の本や雑誌。甘い飴。


ここには 絵の具は持ちこめないけれど、

おばあちゃんは、鉛筆で毎日デッサンしていた。



時には、看護師さんを動物にみたてて描いては、プレゼントしたりしていた。

似ていると喜ばれて、とても評判だった。


花が好きで、風景が好きで、

描きたいものや場所に出逢うと、

しばらくのあいだ、そこを動かなかった。



ときには写真をとって持ち帰り、

部屋にこもると飽きるまで描いていた。



「お母さんは、仕事?」

「うん。

終わってから、来られたら来るっていってた」

「そうなの。依ちゃんも、枇杷食べなさいな」

「うん」



わたしがおばあちゃんにしてあげられることは、とても少ない。


電車にのって、バスにのって、ここにくる。

好きな果物や飲みもの、プリンやゼリーを買ってきて、

それをむいたり冷やしたりする。

お母さんの作った、おばあちゃんの好きな筑前煮を届ける。

椅子にすわって、とりとめのない話をする。

おばあちゃんの好きな絵の本を買ってくる。



もっとなにかしたい。たくさん考えた。

おばあちゃんの食べたいもの、したいこと、

出来るだけ叶えてあげたかった。



絵を描くことが大好きなおばあちゃんのために、いろんな風景を写真にとる。

そう思いついてから、すぐに一眼レフを買った。

そしたら、いまは病院で外にあまり出かけられなくても、いろんな絵が描ける。

とても良い思いつきに思えた。



わたしがとった写真を、おばあちゃんはとても愛おしそうに眺め、
顔をほころばせた。




「依ちゃん、じょうずねえ。すてきねえ」




そういって、何枚もの写真の中から、スケッチを始めた。

その横顔をみて、こころが満たされる思いがした。


おばあちゃんに喜んでもらえることがうれしくて、

わたしはどんどん 写真にのめり込んでいった。



切りとるのは、なんでもない日常ばかり。




わたしの手の届くところにある、

花や猫や、くだものやお母さん、街や道なんか。



そして、なるべく季節を感じられるように。
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