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□熱性愛情論 後編
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この感情が何なのかは知らない。

ただ、あの太陽に灼かれて死にかけるという屈辱の日から、神威の身体は「血」以外の「何か」に、もっと切迫した渇きを覚えるようになってしまった。


それはもちろん、神威を助けた少年の説明した水分や塩分などでは無い。


確かにあの瞬間に神威の身体に足りていなかったものといえば、その二つだったのかもしれないが、あの「オミソシル」を一口飲んだ時に、神威は水分と塩分と共にその「何か」を与えられたのだ。


強い者と戦う時に得られる充足感とはまた違う、それ。

ホッと一息をつけるような、暖かく懐かしいその何かは、じんわりと神威の身体の隅々までいきわたり、神威が意図的に遠ざけていた遠い記憶を呼び覚ました。


それは、まだ自分が脆弱な力しか持たなかった、幼い頃の。

自分を守る、暖かい腕だとか。
病に伏せたときに必ず横にあった、優しい手だとか。


強さを得るには不要だと切り捨てた筈の、優しくも脆いそれらのもの。




最初にそれが与えられた日、ある程度体力が回復してから、体調を慮って引きとめる少年に礼を言って、神威は逃げるように母艦へ戻った。

今になって切り捨ててきたそれらの記憶を呼び起こす感覚は、強さを求めることのみを終始追求してきた神威にとって、二度と触れてはならない危険なものに思えたからだ。

だけれど、地球での任務は長期のもので、すぐにこの星から離れる訳にはいかない。

相変わらず忌々しくも強烈な太陽の光は、容赦なく神威の身体から水分を奪い取る。そうして喉に渇きを覚えるたびに、神威はどうしてもあの「オミソシル」を飲んだ瞬間を思い起こし、渇望した。


阿伏兎に確認した「ネッチュウショウ」とやらの予防法も実践したし、あの少年が言っていた「経口補水液」だって飲んでみた。

だけど、体の渇きが潤せても、時間が経つにつれて徐々に魂が渇いていく。

戦場で血を浴びようと、強い相手と戦おうと、その渇きはいっそ潤わず、ただただ、思い出すのはあの「オミソシル」の味だけ。


そのうち神威は抗うのを諦めて、もう一度「オミソシル」を飲んでみることにした。

元々切り替えは早い方で、それだけ欲しいと思っているなら、もう一度試してみればいいと思ったのだ。


目についた定食屋のそばによれば、大抵はご飯やおかずと共に「オミソシル」が並んでいる。

少年は緊急事態の神威の為に、汁だけのそれを飲ませてくれたが、どうも本来はいろんな具を入れるスープのようで、店によってそれは違うこともわかった。

意気揚々とめぼしい店に入り、注文する。

地球のご飯はこの広い宇宙の中でもかなり美味しい部類なので、神威は浮かれていた。


大量に注文し、顔を引き攣らせる店員の運ぶそれらを腹いっぱい平らげ、それから最後に目当ての「オミソシル」を口に運ぶ。


それは、確かにあの時に飲んだそれと似ている味をしていたが、神威の求めるあの感覚は得られなかった。


そして、心の渇きも潤わない。

むしろ似た味のそれを飲んだおかげで、余計に欲しくて欲しくて堪らないと訴えてくる。


それから、オミソシルのある店を次々と周り、繁華街の端から端まで制覇した神威は、がっくりと肩を落として家路についた。
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