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□熱性愛情論 中編
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今日も江戸の町は強大な高気圧が上空を陣取って、雲一つ無い青空が広がっている。


ジリジリと肌に照りつける太陽の熱は、もう鉄板の上で照り焼きにでもされているような強烈さを誇り、更には風がまるで吹かないものだから、体の周りに纏わりつくような不快な湿気が余計に体感温度を上げていく。


今年は本当に、酷暑という言葉がぴったりだな。

なんて考えながら、新八はいつもよりも人通りの少ない道を急いでいた。


手にはスーパーで仕入れた、味噌と豆腐。それからアイス。

これが溶けてただの甘い水と木の棒になる前に、冷凍庫に放り込まなければ。


動けば動くほど、感じる暑さも増していくというものだが、今の新八にはアイス以上に気がかりなことがあって、今はただ懸命に足を動かして家路を急ぐことに集中していた。



この角を曲がって真っすぐ行けば、家に着く―――そんなタイミングで、やはりというか、その気がかりの元が転がっていた。

新八は道端にボトリと落ちている唐笠を見つけるや否や、叫んだ。


「神威さん!!しっかりしてくださーい!!」


唐笠の下には、最早すっかり見慣れてしまった出で立ちの神威が、行き倒れている。


「ああもう!なんでいっつもうちの周りで行き倒れてるんですかアンタは!!」


聞いているのかいないのか。

包帯をぐるぐると巻き付けた暑苦しい姿で目を回している神威を、慣れた手つきで背負い、走りながら説教するのも何回目か。



新八は、行儀が悪いのも承知で自宅の門を蹴り開き、裏手に回る。

日陰になっているそこには、既に水を溜めた大きな桶が置いてあり、背負っていた行き倒れを下ろすと一番外側の外套だけ剥ぎとって、容赦なくその中に漬け込む。


「ちょっと待っててくださいね!これ、冷蔵庫に入れてきますから!!」


そう言い置いて、勝手口から中に入ると、手に持っていた味噌と豆腐を冷蔵庫に、大事なアイスを冷凍庫に入れ、代わりに冷やしてあった濡れタオルと氷を大量に袋に入れ、防犯の為に締め切っていた窓を開いてから、桶のあった場所まで戻る。



「……何かさ、だんだん俺の扱い酷くなってない?新八くん。」


ぐったりと桶の中で水に体を浸した状態で、神威がぼやく。


「多少手荒に扱っても、ビクともしないからいいでしょう?いい加減何度も何度も行き倒れてる熱中症患者(ただし夜兎)を相手にしていたら、扱いも慣れてきます。熱を体内から出すのにはその方法が一番早いって判りましたからね。」


くるくると器用に神威の顔から包帯を巻き取り、あらわになった額に冷やしタオルを乗せる。それから、すっかり手なれた様子で神威の服をくつろげると、すぐ傍に置いてあった籠の中からうちわを取り出し、パタパタと仰ぎだした。


「あ――…生き返るぅ―――…。」

「何おっさんみたいなこと言ってるんですか。いい加減昼間に出歩くの辞めたらどうですか?そのうち、冗談じゃなく死にますよ。アンタ。」

「あ、新八君さあ、アレちょうだい!アレ!いつもの!」

「…全然聞いてませんね。うちは飲み屋じゃないんですよ、もう。アレ、作るのに味噌切らしちゃったんで、買いに行ってたんです。これから作るんで待っていられますか?」

「ん。大丈夫、だと思う。でも……早くしてくれないと……俺、死にそう。」

「わ――――!!ちょ、待っててください!!」


にこにこと元気を取り戻したような態で話していたように見えたが、やはり色々足りてない状態なのは本当らしく、真っ青な顔で今にも事切れそうな顔をした神威に、新八は大慌てで勝手口へ駆け込んだ。
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