novel

□妖月
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『…碓氷っ!』
私が碓氷の名を叫んだ時、
『呼んだ?美咲ちゃん』
いつもと変わらない口調で碓氷が現れた。

兄貴と呼ばれていた男と何か言葉を交わした後、私の上に跨っていた男に対して、
『美咲ちゃんはもう俺のモノだから、汚い手で触らないでくれる?』
怒りもあらわにそう言って、私をそこから救い出してくれた。


『そのままじゃ家族が心配するから』
家においで、と言ってくれた碓氷の申し出に従ってここに来た。
気持ち悪いだろうから、と沸かしてくれた風呂に入り、
用意してくれたTシャツと短パンを身に着け、碓氷の待つ部屋へ向かった。

“−−−−礼を言わなければ”
そんな風に考え碓氷に声を掛けようとしたが、出来なかった。
何かを真剣な顔で考えているその表情は、私の知るものではなく、
あまりに男の顔をしていたから−−−

そんな私に気付いて碓氷の方から声を掛けてきた。
『ちゃんと温まった?』
先程の顔とは違い、いつもの、見慣れた碓氷。だけど私は、
『ゃっ…』
怖い、と思った。碓氷だって男で、その気になれば私を押さえつけるなんて事は造作もないだろうと。
『近づくなっ』
私は自分の身体を守るように抱き締め、碓氷を拒絶した。
『鮎沢?どうしたの』
端正な顔が不安に曇るのが見えた。
解ってる。碓氷は助けてくれた。早く礼を言わなければ…

パシン……と乾いた音がした。
碓氷の、伸ばした腕が、私に振り払われた音だった。
『触るな…』
一瞬だけ傷ついた顔をした碓氷は、それでも私を安心させようとしてくれたのに、
私が、狂わせた。

『解った。俺をあいつ等と同じだと思うなら、それでいい』
言い捨てて私を組み敷く碓氷の瞳は暗く、まるで知らない男だった。

荒々しく押さえ付けられ、指で、唇で、言葉で嬲られ、散らされた。
破瓜の印を見た碓氷は、掠れた声で私に告げた。
『もう離さないよ。誰にも触れさせない。鮎沢は、俺のモノだ』


捕らえられた私の頬を濡らした涙が、破瓜の痛みのせいだったのか、胸の痛みのせいだったのか、
今ではもう解らない−−……



end
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