novel 2

□疾風のブレードランナー
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こんなにも、誰かのことを考えるなんて思ってもみなかった。
彼女がこの世に生を受けたこの日は、まるで世界の全てが輝きに満ち溢れ、彼女を祝福しているようだとすら思う。
二人並んで手を繋いで歩く、それはとても満ち足りた幸せな気持ちを俺に与えてくれる。

“今夜は二人で過ごしたい”

そう言ったらきっと、彼女は困った顔を浮かべながら、頷いてくれるだろう。
だけど俺は、そう言いたい気持ちを押しとどめて彼女の暖かな手を引いてゆっくりと歩く。

一つ角を曲がるたびに感じる寂しさに、知らず繋いだ手に力が入る。
あの角を曲がれば、彼女の家が見えてくる。
そう思うと急に俺の歩みは遅くなり、戸惑う彼女が俺をそっと見上げる。
「ごめん、少しだけだから…」
そう呟いて彼女を抱き締めると、一瞬だけ身体を強張らせた後、俺に身体を預ける。
「−−こんな所で…、近所の人に見られたらどうするんだ…」
「うん…ごめん…」
「だから、見られないように、もっとしっかり抱き締めろよ」
怒っている振りで俺の腕の中に顔を埋める彼女に同意して謝ると、彼女はいっそう身体を押し付けて俺の腕を求める。

きつく抱く俺の背中に彼女の腕が回され、今まで我慢していた台詞を、言ってしまいそうになる。
だけど、俺が口を開くより早く、彼女の唇が俺の腕の中で動く。
「碓氷…そろそろ…、あまり遅くなると母さん達が心配するから…」
「−−−そうだね…」
熱を持った身体がゆっくりと俺から離れていくと、秋の風が熱くなりすぎた頭を冷ます。

「鮎沢……、また明日」
少しだけ冷静になった俺は彼女を家の前まで送り届けると笑顔を作る。
「ああ、送ってくれてありがとう」
彼女も笑顔を作るとすぐに背を向けて門扉に手をかける。
「−−17才、おめでとう」
彼女の背中に声をかけると、彼女の肩が微かに揺れて動きが止まる。
「…碓氷…」
振り返った彼女は、困ったような、申し訳ないような複雑な表情で俺をじっと見つめる。
「そんな顔しないでよ、今日は家族と過ごすって、決めたでしょ」

……そう遠くない未来、きっとこの日は二人だけで過ごすことになる。
だから、今のうちに家族との時間を大事にしたほうがいいと二人で決めた筈なのに、こんなにも切ない。
「そうだったな…」
彼女が改めて笑顔を作るのを見て、俺も笑顔を作る。
見つめ合った視線に想いが溢れて、彼女を引き寄せそのまま唇を重ねると、頭上の月が俺達を祝福するように輝きを増した気がした。



end

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