novel

□Because
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それは、いつも通りの朝の筈だった。
生徒会長として校門の前に立ち、だらしのない服装の生徒に注意を促す。

だらしないと言っても、せいぜいがネクタイをしていない程度で、目に余る程の服装違反者は最近では見なくなった。
これならば来年の生徒会も安心だろう……。
ついつい感慨深くなってしまった私を現実に引き戻したのは、後ろから掛けられた声だった。

「おはよう。会長」
穏やかな男の声。
だけど、これは碓氷のものではない。
もちろん深谷とも三バカとも違う…。
いったい誰が、と振り返った私の目の前には、
「おはようございます……伊藤先輩…」
思い出すまでもなく名前が出て来る。
バスケ部の元キャプテンで、星華生としては珍しく文武両道といったこの人物は、女子の間でも人気のある先輩だ。

だが、私とは予算委員会などで顔を合わせた程度の間柄でしかなく、このように挨拶を交わすのも、今日が初めてだ。
「名前、覚えててくれたんだ」
爽やかに笑う先輩につられて私の口もほころぶ。
「それは、もちろん…」
生徒会長として、生徒の名前は一通り覚えている。
特別な肩書をもった生徒ならば尚の事、忘れようがない。

特定の生徒と立ち話をする私を珍しがってか、登校してきた生徒達が、校門の辺りでこちらを盗み見るようにたむろしだす。

−−いけない。
これでは人だかりが出来て近隣の迷惑になってしまう。
立ち止まり、会話のきっかけを探しているような先輩に、私から声を掛ける。
「それで、私に何か?」
私の言葉に意を決したような顔をした先輩は、周りの視線に怯む事なく、私を含めこの場にいる全員を凍り付かせる台詞を口にした。



一限目が終わる頃には全校生徒に朝の出来事が知れ渡ったらしく、おかげで私は一日中、見世物のように好奇の視線に晒されるハメになった。
ズキズキと痛む頭の隅で、碓氷が今日は登校していない事に胸を撫で下ろす。
−−不幸中の幸いとは、この事か……。
早く一日が終わればいい。
常ならば思いもしない願いが、ため息とともに口からこぼれ落ちた。

ようやく無遠慮な好奇の視線から解放される。
そう思いくぐったこの扉の中も、結局は同じだった。
さすがに面と向かって私に問い掛ける者もいないし、いくぶんかは私への配慮を感じるが、それでもこの狭い部屋では、気になって仕方ない。
−−無理もないか……。
何人かはあの場に居合わせて直接目撃したのだから。
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