novel

□HONEY HONEY(R‐18)
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朝の柔らかい日差しの中、芳しい香りが部屋の中を満たす。
いつものように、目の前に整えられた朝食は完璧なもので、ただ一つを除いては、いつも通りの、週末の朝、だった。

居心地の悪さに耐えつつ、なんとか流し込むように朝食を取り終えると、口元にだけ笑みを浮かべた男はようやく口を開いた。
「じゃあ、説明して貰おうかな?」
穏やかな口調であるにも拘わらず、その中に含まれる怒りのせいで、私は悪戯が見つかった子供のように、下を向くことしかできないでいる。

「美咲、俺に言えないようなこと…したの?」
その言葉に、ピリ…と空気が張り詰める。
確かに、昨夜の私は拓海の言い付けを守らず、やや飲み過ぎ、そのために同僚に迷惑をかけた…かもしれないが、一社会人として、多少飲み過ぎてハメを外すことがあっても、ここまで怒られなければいけない事なのだろうか?

非は自分にある、というのはもちろん解っているが、どうにも納得ができない。
それに、飲み会に出席することは、拓海だって承諾した筈なのに、と思ったのが顔にでも出たのか、
「確かに、行ってもいいとは言ったけど、『飲み過ぎないで』って言ったよね」
もはや不機嫌を隠そうともしない拓海に、自分だって、と怒りがふつふつと沸いて来る。
「確かに『飲み過ぎるな』って言ったけど、少しくらい別にいいだろ?それに、拓海だって、顔を出すだけだから、とか言って飲み過ぎること、あるじゃないか」
自分はよくて、私は駄目なのか、と……。

そんな私に、大袈裟なほどため息をついた拓海が、解ってない、とでも言いたげに、ふるふると頭を振る。
「俺は男だから、それこそ飲み過ぎた方が“マチガイ”は起きないけど、美咲は女なんだから、飲み過ぎて“マチガイ”が起きたらどうするの」
「ッ!!」
その台詞に今までにない程腹が立つ。
「−−つまり、私が酒に流されて、拓海を裏切る、とでも言いたいのか?」
私はそんなにも信用がなかったのか、そう思うと情けなさで目の前が滲む。
あの日、共に誓った筈なのに、病める時も健やかなる時も、互いだけを……と。

私は悔しさで震える手を握り締め、拓海を睨みつける。
それでもしていないと、涙が零れてしまう気がする。
いつもであれば、こんな私に拓海が折れてくれる筈なのに、そんな気配は微塵もみせずに、鋭い視線のまま言い捨てる。
「そうじゃないよ。美咲の事は、信用してる。でも、美咲の周りにいる奴等を、信用できないって言ってるの」
「でも、何年も一緒に仕事して、結婚してる事だって知ってるのに、“マチガイ”なんて起きようがないだろ」
苛立つ心のままに反論すると、苦虫を噛み潰したような顔をした拓海は、小さなため息をついた。
「何年も一緒に仕事してる人なら、美咲がお酒に弱いのは知ってるよね?それなのに、あんなになるまで飲ませて、しかも下心丸出しで腰に手を回して、そんな人間を信用する筈ないでしょう。それに結婚してる事なんて、酔わせて相手をどうこうしようとする人間にとっては、何の問題にもならないんだよ?」

諭すように言われても、そんな事、ある筈がない、と思う。
むしろ、高校生の頃からもう10年近く一緒に過ごしてきた相手に、ここまでの執着を見せる男の方が、どうかしてる、とさえ思う。

ゆっくりとかぶりを振って拓海に正面から向き合う。
そんな心配は無用なものだと伝えて、この不毛な争いを早々に終わらせよう。
そう思って開いた私の唇に拓海の指が触れ、告げられた。
「言葉で言ってもわからないなら、身体に教え込むしかないよね」
有無を言わせぬ程の、白々しい笑顔で……。
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