novel 3

□movin' on
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誕生日を嬉しいと思ったことなんて、今までただの一度もなかった。
だけど彼女と出会って、生まれた事に感謝するようになった。
彼女と出会って初めて意味を持った、特別な日。
俺は繋いだ手の温もりに幸せな気分に浸りながら、彼女と家路についた。

「碓氷君、おかわりは?」
にっこりと笑う彼女によく似た女性が俺に問い掛ける。
「あ、それお姉ちゃんが作ったんですよ」
彼女よりも先程の女性に似た、でもどこか彼女に似た少女が目の前に置かれた皿を指差す。
賑やかな食卓は温かなもてなしに満ちて、俺は隣に座る彼女に密やかな微笑みを向けた。

切り分けたケーキに添えられたHAPPY BIRTHDAYの文字がこんなにも嬉しくて、俺は口を開く。
「今日は、すいません…。俺の為にありがとうございます」
恐縮して礼を述べた俺に目の前の少女が意味ありげな笑いを見せる。
「未来のお義兄さんの為ですから」
しれっと答えられ返答に困る俺の横で、彼女がみるみる内に真っ赤になり口をぱくぱくとさせる。

そんな俺達に目を細めていた女性は少女を窘めると、おもむろに俺に向き直りその表情を引き締める。
「ごめんなさいね、私が美咲に碓氷君を連れて来るようにお願いしたの」
深刻な声色に俺も居住まいを正すと、目の前の女性は慌てて言葉を続ける。
「ああ、そんなに構えないで?ただ碓氷君に会いたかっただけだから」
「俺に…?」
「ええ。母親として娘の付き合っている人に会いたかったの」
俺と、俺の隣で赤くなって俯く彼女をにこやかに見守る瞳は、俺には窺(ウカガ)い知れない母性に溢れ彼女がどれ程愛されているかを十分に知らせる。

俺はテーブルの下で指の先まで熱くなった彼女の手をギュッと握ると意を決して口を開く。
「−−挨拶が遅れてすみませんでした。美咲さんとお付き合いをさせて頂いてます」
俺が正面に座る女性に宣言すると、彼女は俺の手を握り返して上目遣いに俺を見つめる。
俺は彼女と視線を合わせて頷くと言葉の続きを口にする。
「将来は美咲さんと、結婚させて頂きたいと思っています」
「……っ」
彼女が息を飲み瞳を見開くと同時に目の前女性の笑顔が驚きに変わる。
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