悪ノ物語

□ブリオッシュ
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 王女『悪ノ娘』は、部屋で召使いを待っていた。
 時計はつい先程三時を知らせ、教会の鐘も鳴ったばかりだ。

 だが、今日の彼は遅かった。

 王女も段々と苛ついてくる。
 しまいには、傍らで言い付けを待つメイドに当たり始めた。

「―ねぇ、レンはまだなの?」
「申し訳御座いません王女様。もうじき来るかとは思うのですが…」

「もうじきってどれくらい。あと何分、何秒? ―適当なこと言わないで頂戴」

 段々とメイドの命が危うくなっていく。
 嫌な汗をかき始めた彼女は、ここにいる悪ノ娘同様、王女付き召使いが早く来ることを願い始めていた。

「どうして今日はこんなに遅いの? 昨日だっていなかったのに!」

 昨日は王女の命により、彼は緑ノ国へ出向いていた。

 そのため当然王女のおやつも作れなかった。
 王女はそれに大層機嫌を害し、今日の朝、召使いと再開するまではずっと機嫌が悪かった。

 …それも思い出してか、王女の機嫌は再び悪化の一途をたどっていく。

 だがしかし、元を正せばそれは王女の我が儘から始まった出張だという事を…忘れてはならない。


「―ねぇ、そこで何やってるの?」

 そして、いつものパターンである。

「突っ立ってないで早く呼んで来なさいよ!」
「―か、畏まりました!」

「あなたも!!」
「は、はい!」

 慌ただしい足音を立てて、メイドの二人が部屋から出て行く。
 怒ったような王女の表情は、段々と悲しげなものへと移っていった。

「…レン―」

 豪奢な椅子に、膝を抱えて座り込む。


 ――一人は、怖い。
 早く会いたい。

 だって、レンは姉弟だもん。

 王女の血は、一人ではあまりに薄い。


「失礼します」

 その時、扉が開いた。
 リンの顔がぱっと明るくなる。

「レン!」
「え、な、なんでございましょ…」
「今日のおやつは!?」

 拍子抜けしたような顔をした召使いは、状況を理解して柔らかく笑った。

 ここには誰もいない。
 二人だけなら、彼女は王女ではない。


「ブリオッシュだよ。リン」
「やったぁ! 大好き!!」

「なにが?」
「レンも、ブリオッシュも!」
「おやつもね」

 少女は、無邪気に笑った。



 
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