悪ノ物語

□ふたつの涙
2ページ/2ページ




「―王女、様…?」

 申し付けられた紅茶を持って玉座ノ間に入ると、そこには何の人影も見当たらなかった。

 普通、こんな事はありえない。ここは王宮でも最も人の出入りが激しい場所。

 視線を上げる。と、見慣れた影が玉座の前に座り込んでいた。

「―王女様、」
「…きらい、みんな嫌いよ大っ嫌い……貴方も、出て行ってよ…!」

 王女はすすり泣きながら、我が儘と同じようにボクに言い付ける。

 …困った。
 どうして、王女は泣いているのだろう。

 掛ける言葉が見付からない。
 ふと見た視線の先に、放り出された羊皮紙があった。
 それには青ノ国の紋章がしっかりと捺し印されている。

 ――すべてを理解した。


 青ノ国には先日、王女が青ノ国との婚姻を願うとの旨を記した通達書を出したばかりだ。

 もう返答が来たとしてもおかしくはない。


「…リン―」

 ここには誰もいない。
 ――今、ボクらは双子だ。

「レン…」

 リンが、涙に濡れた顔を上げた。
 ボクがかけてあげられる言葉なんてない。

 だから、ただボクだけでも笑って―膝を付いて、両腕を広げた。

「―レンっ…!!」






 彼女は泣いた。
 ボクだけが知っている、これが彼女の弱さ。

 暴君王女は、あまりにも弱くて脆い。


 リンは教えてくれた。

 青ノ王には一目惚れだったということ。家臣たちのどこか冷たい目線にも本当は気付いていたということ。

 彼が恋したのは、緑の国の一番美しい女だということ。

 ――それは、ミクという名前だということ。


 ひとしきり泣いた後、彼女は静かにボクに告げた。

「あの子が憎いの―」

 ミク。
 そうだ、彼女だ。

 白い指が林檎を拾った。可憐な声でボクに笑った。誰よりも綺麗な、見惚れるような緑の髪。あの日の日差しに、あの髪はキラキラ光っていて―


「…嫌いよ、みんなみんな嫌い」

 …彼女の答えは分かっている。
 でもそれでいい。

 彼女の意志はボクの意志だから。


「―滅ぼそう」

 ボクは言った。


「緑ノ国も、緑ノ女も…緑ノ彼女も。リンが憎いもの、全て」

「…っレンも、あの子のこと嫌い?」
「嫌いだよ」

「本当に? レンは私の見方?」

 ボクは笑った。

「…当たり前じゃない」


 彼女の痛みはボクの痛み。
 彼女の願いはボクの願いだ。

 王女があの子のことを消して欲しいと願うのなら、ボクはそれに答えよう。

「…だから―もう泣かないで」

「―…うん」

 彼女は、ボクの肩に額を寄せた。
 熱を帯びた体温が、母のドレス越しに湿気と一緒になって伝わってくる。

 ボクも、リンの髪に鼻を寄せる。
 昔と変わらないにおいがした。


「―君はここで笑っていて。…ボクに任せて」

 ――そう言ったボクの声は、彼女と同じように泣きそうで、同じように震えていて。


 当たり前だ。

 だって、ふたりは双子なんだから。


 二人だけの優しくて悲しい時間を、玉座の振り子時計が刻んだ。

 ――三回の鐘が響いた。


 
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ