悪ノ物語

□恋
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 黄色ノ国の王女――リンは、玉座で退屈気に大欠伸をした。

 今日は朝から、王女ご執心の召使いの姿が見えない。珍しいことに王女とは別行動を取り出払っているらしい。

 足を組み直した王女は、爪の様子を見ながら大臣代理に訪ねた。昨夜とは違う男だ。
 先刻までの大臣は既に処刑が確定し、地下牢に幽閉されたばかりである。

「…大臣代理」
「は、はい―!何で御座いましょう!」

 現在、王女の機嫌が最悪に悪いことは言うまでもない。

 少しでも誤った事をしたなら、すぐさまに文字通り自分の首が飛ぶだろう。代理の家臣は極度に緊張し――また、ひどく王女を恐れていた。

「青ノ王とやらが到着するのはいつなの?」

「そ…それは…まだ、不明なままで…。少々ずれ込んでおられるようですが―」

「そんなのもう分かっているわ。
…あなたは私を、そんな事すら分からない馬鹿な娘だって言いたいわけ?」

「いえ―そんな滅相もない!」

 この目、この声色。この空気。これはフラグだ。確実に誰かの首を飛ばす時の流れだ。

 長く王宮に使えてきた男には分かった。しかも、今王女は退屈している。暇つぶしに家臣の数人くらいは処刑しかねない。
 ―ああ、死んだ―。

「…様!―王女リン様!
たった今、青ノ国の王―カイト様がお着きになられました!」

「…ふぅん。遅かったわね。―それに言っといて。
王女はかんかんにご立腹なのよって。その、カイトとやらにね」

「―はッ!!」

 興味が逸れた王女は、へたり込んだ大臣代理を見遣った。
 何事もなかったかのように、愚弄して笑う。

「―そこで何をしてるの? 早く立って私の役に立ちなさいよ」

「――は…、はい…?」

「私に使えたくないなら大臣なんて解任してあげるけど」

 一瞬、理解ができなかった。
 少しのタイムラグの後、彼の脳は動き出す。

 ――それはつまり、人生からも解任されてしまうわけで。

「い…っいえ!申し訳御座いません!!」

 くすくすっ、と、王女は楽しげに声を上げた。

「―じゃあ、会いに行ってあげましょうかしら。青ノ王に!」

 狼狽える家臣をよそに、王女は鼻歌混じりに王の間を出て行った。

 皮肉にも、随一の家臣である召使いは側には置けずに。

「…レンは何をやっているのでしょうね。帰ってきたら意地悪してあげなきゃ」


 その呟きは誰にも聞かれることは無い。

 お気に入りの召使いに下る『罰』は、きっと玉座での靴磨きや爪の手入れ程度。先代の大臣と比べれば随分と可愛らしいものだ。

 顔の同じ召使いを、王女は他の使用人とは線引きをし贔屓にしている。

 権力の誇示のため――だ、そうだが、真意は誰にも分からない。

 ただ家臣たちに分かるのは、彼がいないと王女の歯止めがいない事。


 王宮の皆はただ、あの王女付き召使いの帰りを切に願い――青ノ王への失礼が絶対に無いよう祈った。

 ――ここで揉めて戦争に、…など、そんな事は冗談では済まされない。
 そんな心配をよそに、王女は応接ノ間の扉をくぐる。


 ――ドアの閉まる音が、とても大きく廊下へと響いた。



 
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