悪ノ物語

□おやつ
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 部屋を出ると、リンは王女に戻る。


「今日は何を作ったの?」

「木苺のジャムで召し上がる、スコーンに御座います」

 ふぅん、と、王女は鼻を鳴らした。

「私、ブリオッシュが食べたい」

「毎日同じ物を召し上がられるのはどうかと思いますよ」

 ブリオッシュは昨日のおやつだ。
 毎日違う物を作るのには骨が折れるが、栄養の面でもそれは欠かせない。

「私が食べたいと言うのよ?」
「……快諾、できませんね」

 王女の傲慢そうな笑い顔が、ボクの横を通り過ぎて行く。

「相変わらずレンは頑固ね」

「ええ、性分です」


 豪華絢爛な調度品の飾られた廊下。この突き当たりに、王女の部屋がある。

「――あ、」

 王女がご執着の、黄と黒のドレス。大きく開いた袖口が、壺を引っ掛けて倒した。

 派手な音を立てて、それは粉々に砕け散る。

 王女はドレスこそ気にすれど、壺には何の興味も無いようだ。王女の青い瞳は一瞬で逸らされる。


「……一応訊いとくけど、その壺は何?」

 ボクは屈んで、落としてしまった壺の破片を手に取り、眺めた。

「……恐らく、海の向こうにある青ノ国から、友好の証として送られた壺かと思います」

「……ふぅん、青ノ国。
ああ、一度だけ、見たことが有るような気がするわね。不思議な髪の色だったけど」

 ボクも見た。一度、王女の元に青ノ国から使者が送られてきた。海のように深い青色の髪を持った少女だった。

 あの色は、この壷と同じ。


「興味ない」

「――え、いや、しかし……先日訪れた使者は青ノ国の王の来国を知らせに来たんですよ?」

「何か関係あるの?」

 さて、困った。
 人間の心理や友好関係について、何と言って王女を納得させようか。


「……やはり、自国が送った物品が大事にされているかというのは重要な事でしょう。
良好な関係を保つためにも、この壷は飾っておくべきです」

 見上げた先にいた王女と、目が合うことはなかった。

 とっくの昔に王女の興味は削がれたようで、何処かそっぽを向いている。

「……聞いて、居られましたか?」

「いいえ? 聞いていないわよ。
よく分からないけど、レンがそうしたいのならそうすれば良いじゃない」


 ……やれやれ。

「…近日中に、腕の良い修繕師を雇います。……では、お部屋に参りましょうか」

 打って変わって、王女は満足げに笑う。
「ええ、それが良いわ! そうしましょう」

 スコーンは王女の部屋に置き去りだ。言い換えれば、置き去りだからすぐに食べることができる。面倒じゃなくてとても良い。

「レンが作ったのだからきっと美味しいでしょうね! 明日は何を作ってくれるの?」

「さぁ……何でしょうか? 王女様は何をお望みで?」

「ブリオッシュが良いわ!」

「それはまたの機会に」

「……あなたがレンじゃなかったら、今頃生きてはいないでしょうね。とっくに死刑にしているわ」

 恨めしげにそんな事を言う。気が付けば、この廊下に人はいない。

「それは、私の生まれに感謝しなければなりませんね」

「そうでしょうね。一介の召使いだけど」


 「あなたのお世話をさせて頂けているのですから、これほど光栄な事は有りませんよ」

「――あなたまでそんな事を言うの? つまらないわ。
大臣も家臣も貴族も召使いもメイドも、皆揃って同じ事しか言わない。
……そう、頭が悪いのよ! きっと!」


 気持ち良く自己完結したところ大変失礼するが、残念ながらもう部屋に着いてしまった。

 ドアを開けて、王女が中に入るのを待つ。

 王女のドレスの裾まで完全に入りきったことを確認してから、ドアを閉める。先日、王女のドレスをドアに挟んだ召使いが処刑されたばかりだ。


 鍵を閉めると、もうここは二人だけ。リンとボク、双子の姉弟。


「おいしい! レン、このスコーンすごくおいしいよ!」

 威勢の良い声に振り向くと、ても洗わずにスコーンにかぶりつくリンがいた。

「それはよかった。……けど、手ぐらい洗ったら?」

「大丈夫、汚い物は触ってないから」
「乗馬をしたじゃんか」

 はっ、と、リンの目が開けた。

「い、今から洗ってくるから! あ……た、食べちゃった……」

 やたらに狼狽えるリンの仕草が可笑しくて、ボクは笑ってしまう。

「一口ぐらい平気だよ。ほら、行って」

「私が居ない間に食べないでねー!」

 リンが近くの水道に手を洗いに行ったのを確認し、スコーンを一つ、ジャムを付けて食べる。うん、今日もうまくいった。

 王女の側近としてずっと居られるのは、リンがボクを外したがらないからだ。

 王女の側近を替えるような会議や話になると、彼女は適当な理由を付けてボクを側に置き続ける。

 おやつがおいしいとか、気が利くとか、または顔が似ているから権力の誇示に丁度良い、とか。



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