悪ノ物語

□おやつ
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 錠付きの扉を閉めた。王女とボク、この部屋には二人きり。

「あーあ! 疲れちゃった!!」

 その瞬間、王女――リンは喚きながら、床に尻餅をついた。

「なかなか似合うじゃない。紳士的なレンも」

 足を組み直しながら、リンはけらけら笑った。

「……女の子なんだからさ、胡座はどうかと思うよ」

「誰も見てないから大丈夫よ」

 そう言う問題じゃないだろ。心中ツッコんだ。


「服、どうするの?」

「んー、いつものやつ」

 ヘルメットを脱ぎながら、面倒そうにそう言った。

 王女はしたいこと以外は自分で何もしないのだ、と、密かに有名だが、ボクの前では違う。

「ドレス着たら髪直すの手伝って」

「はいはい」

 彼女のお気に入り。黄色と黒のドレス。山のようにある衣装の中でも、彼女は殆どこれしか着ない。

 ……これは、先代女王が――即ち、リンの母親が、好んで身に着けていたものだ。

 口には出さないけれど、本当は寂しいのだと思う。だから、リンの我が儘は――


「レーンー!! 何やってるのー?」

「ああ―今行くよ!」

 ……仕方がない。そう言うつもりは無い。
 彼女を悪だと言われたら、それを否定することも出来ない。

 悪でもいい。

 ボクは悪でも悪魔でもいいから、永遠にキミの見方だ。例え、どんな事があっても。

「締めるよ」

「分かってるわよ」

 コルセットをきつく締め上げると、リンが苦しそうな声を出した。
 ボクは軽く笑う。

「太った?」

「太ってない! レンに力が付いたんでしょ……」

 ボクの前では、リンは普通の女の子だ。
 ――『悪ノ娘』だなんて。

「そりゃあ、毎日力仕事してれば力も付くよ。
リンは、……毎日、おやつ食べてるから太ったんでしょ?」

 からかうように言った僕に、リンは顔を真っ赤にして反論する。

「だから太ってないってば! もう、レンなんか嫌い!!」

 拗ねてそっぽを向いたリンの、乱れた髪を櫛で梳いた。ボクと同じ、金色の髪。同じ位の長さ。

「ごめん、からかっただけだってば。分かってるよ」

 ボクと同じ青い瞳が、ちらりと様子を窺った。

「――レディに体型のことを言うのはタブーなのよ」

「家臣の前で胡座を掻く方がレディですか? 王女様」
 同じ色の瞳がぶつかって、

「……ふっ、ふははははは!」
「……あはっ、あははははは!!」

 同時に笑い出した。
 お腹を抱え涙を浮かべながら、リンは言う。

「こんな事言うのはレンだけだよー!」

「みんなリンが怖いんだよ。死刑にされちゃうんじゃないかって」

 少し、本気じみて言った。
 みんな、リンが怖い。いや、『悪ノ娘』が怖いのだ。

 リンは、悪ノ娘は首を振った。ゆっくりと開いた瞳には、深い深い、闇。


「――レン以外の人間なんか、道具と同じよ」


 彼女と同じ瞳を持つボクも、きっと、同じ――

「――リンの敵は、僕にとっても敵だよ。そんな奴らは―」

 いらない。


 運命分かつ、哀れな双子。

 ボクらの中には闇がある。
 その闇が、ボクらを繋いでいる。

 リンの金色の髪をセットしながら、その深い金に顔を寄せた。



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