導かれし者達

□第二章 おてんば姫の冒険T
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 誰かが私の名前を呼んだ。
 まずい、また何か失体を犯してしまったんだ。

 どうして私はいつもそうそそっかしくて不器用で…

「はいっ!」

 小心者なんだ。

「クリフト〜っ!」
「…ひ、姫様っ!?」

 彼女を見た瞬間、一気に体温が上がった。
 これならば怒られた方が気が楽だったかも知れない。

 ……そんな事よりも数十倍、いや、数百倍嬉しいのだが!

「聞いてよクリフト! お父様ったらまたわたしの事を頭ごなしに叱るのよ! ならぬって!」

 真似をした姫様が可笑しくてつい吹き出してしまった。

「な、なによ…」
「いえいえ…何でもありません。
…姫様は、何故怒られてしまったのですか?」

 彼女が叱られる理由など挙げ始めたらキリがないだろう。
 なにせ遠方にも名を馳せるおてんばぶりだ。


「力試しの旅に出たいって、ブライに言ったら…」

 ……成程、そういう。
 ブライ様は王室付き魔法使いであり、姫様のじいや様でもある。

 おてんばな彼女の気持ちは解るけれど、やはり姫君である彼女の望みは聞き入れられない物だ。
 ブライ様は姫様の身を案じてお止めになられたのだろう。

 姫様は国王の一人娘で、高貴な方だから。

 そんな姫様と…私などという、教会に仕える只の神官が親しくお話をさせて頂けるだなんて……とても有り難く、同時に場違いなようにも思う。

 昔から、姫様は誰にでも平等に正直に接する子供だった。
 これが私でなくても構わないのかも知れない。

 それでも――悲願してでも、その先に居るのは私でありたい。―私であって欲しい。

「…クリフト? 聞いてる?」
 そんな、我が儘。


「…―あ、はい! …えと、……。
…申し訳ありません…」


 確かに話なんて聞いていなかった。またやらかしてしまった。

「もう、クリフトったら」

 子供のように頬を膨らませた姫様は、すぐに私に笑ってみせた。

「…また壁を蹴破るのは止めて下さいね。
怪我をされては私が困りますから」

「もう! どうしてその話にな…―ん? 壁…?」

 釘を差しておこうと思ったのだが、何やら姫様が考え込み始めた。
 …とても、悪い予感がする。

「…そうか―…そうね、壁ね! うん、それは良い手だわ!
ありがとう、クリフト!」
「はい、お役に立てて光栄で―…! …何がですか?」

「こうしてはいられないわ! だって折角思い付いた手段なんですもの! じゃあね!」

「あ、ちょっ…姫様っ!?」

 行ってしまわれた。
 壁?

「ま…まさか……」

 悪寒は素晴らしい発汗作用を発揮する。
 まずい、すごくまずい!

 私こそこうしては居られない!

「ひっ…姫様ッ!!」

 思わず駆け出した私に、神父さまが声を掛ける。

「待ちなさいクリフト! …どうしたのですか、そんなに急いで」
「し…神父さま…」

 どうしよう。
 本当に姫様のことを思うなら、彼女の計画はみんなに明かさなければいけない。

 だけれど、そんな事をしたら姫様はまた王様に叱られてしまう。

 …私も、彼女の笑顔が見たい。


「…あ―あの! それはまた後にご説明させていただきます!」

 気が付けばそんな事を叫んでいた。

「今回ばかりは…どうか、どうかお見逃しを!!」

 向き直って頭を下げる。

 …私は止められても行くつもりだった。
 神父さまが何と言おうと、振り切って追いかけるつもりだった。―のに、

「…そうですね」
「はい!申し訳あり―…え?」

 恐る恐る向けた視線の先には、慈愛に満ちた瞳があって。

 ――そうだった。

「あなたがそうしたいのならば、そう致しなさい。
それが―クリフト、あなたの誠意であるのなら、神もお許しになるでしょう」

 ――いつだって、彼は私の味方だったんだ。
 どんな時だって、一番に私を理解してくれた。


「行きなさい、クリフト」

 こんな風に、優しく笑って。

「あ―」

 自然に喉から飛び出した言葉。
 ――それを、そのままに吐き出した。

「ありがとうございます!!」


 精一杯頭を下げて、
 私は、走り出した。

 沢山の人が声を掛けてくれる。だけど、それに答える余裕が私には無い。

「あッ―! ―つぅ…〜っ…」

 階段に躓いて、転んだ。
 もう、全く私はどうしようもない。

「クリフト…!?」

 はっとした。

 姫様の部屋に行くには玉座の間を通らなくてはならない。丁度ここは、玉座の間。

「ぶ…ブライ様…!」

 まずいまずいまずい!
 私は一体何をやっているんだ、こんな所通ったらばれるに決まってるじゃないか!

 いやいやそれ以前に、ここは大した身分でもない私なんかが通って良い場所じゃ絶対になくて――

 姫様の目論見は話せない。
 でもここは通らなくてはならない。

 …それは、その手段は本当にまずいだろうが、何かを話したら色々とボロが出る。
 私は自分が思うほど器用では無いらしいから。

 後のことは考えない。
 今は、…考えちゃいけない。

「大変失礼かとは存じますが―此方、通らせて頂きます!
見苦しい姿とは存じますがお許し頂きたい!!」

 本当は、歯の根が合わないほど緊張していた。

 しかし今怯む訳には行かなかった。
 ――これが誠意なら、神も許してくれるはずだと―。

「失礼致します!!」

 そう、叫んで、
 誰かに止められる前にその場を去った。

 ズボンの下で膝が痛むのは、多分擦り剥いたからだ。
 それを回復させるための時間も惜しくて、蹴躓きながらも階を登り切る。

「―待てぃクリフト!」
「…え…?―あ…」

 背後から掛けられた声に、息を切らしながら振り返った。

 それは、思いもしない人物で―

「ブライ、様…?」

「…お前のような青二才に…姫様を任せてはおれんわい」

 ご老体には私を追うことが厳しかったのかも知れない。

 私同様…いや、きっと私よりも苦しげに、息も絶え絶えなブライ様の元へ駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか…」
「けっ!じじいだからと言って馬鹿にするない!
…そんな事より姫様じゃ!」

「はッ!!そうでした!―い、急がなければ!」

 ほらまたすぐに目的を見失う。私の馬鹿!


 ――玉座の間の、ひとつ上の階。
 廊下を突き当たった角の部屋だ。


「ああ…そのまさか…」

 頭を抱えた。
 目の前には、姫様のお部屋。
 ――と同時に、私たちは素晴らしい風通しを実感していた。

「…な…っなんと―!?」

 ブライ様も驚きの声を漏らす。

 修理され板の張られた壁も、…無残に、そして見事に。

 そこには風穴が空いていた。

 唖然。

 そこから覗くサントハイムの空は、とても綺麗だった。

 目の前を小鳥が通り過ぎてゆくのを、私たちはただ馬鹿みたいに見送っていた。



 
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