導かれし者達

□序章
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 これはまずいぞ。この村には医者がいない。魔法使いのじーさんが頼みの綱だ。


「ああーっ、その顔! 絶対信じてないでしょう!」

「恐れ多くも」

 こうしている間にも脳の脱水は進んでいるかも知れない。

「あなたは正直な方ですね。それを見込んで頼みがあります」


 だってだってこんなカオスな状況が続いているんだから。


「実は私、……。……じつは…その、えーっと…」


 しかし、この声どっかで聞いたな。
 俺が聞いたことのある女の子の声なんてシンシアぐらいの物だが…あ、シンシアか。

 やっぱりやばいな。相当毒されてるぞ。

 恋の病って言うけど、まさかこんな症状が出るなんて。


「あっ! いけない人が来る!!」

「あ」


 そうシンシアの声で叫んだカエルは、俺の足の間をすり抜けて地下倉庫に逃げ込んだ。

 いやはや、カオスだ。

 しかし、一国のオヒメサマのカエルさんが、どうしてシンシアの声で喋っているのだろうか。

 まさかシンシアに関係が?


 ……。

 …捕らえられて声の媒体にされてたりしたら…

 どうしよう!!


「シンシア!! おいこら、待てカエル!!」

 あのカエル! とっ捕まえて話聞き出してやる!

 倉庫に駆け込む。階段を全部飛び越し、剣を構えた。皮のブーツが擦れたような音を出す。

 のに、

「…あれ? シンシア!」

「う? う、うん何?」


 春色の髪を掻きながらシンシアが言う。

「シンシア! 無事だったんだな!! 良かった!」

「え? い、一体何のこ…ひゃっ!?」


 抱き付いた中で、シンシアは間の抜けた声を出した。

「ちょ…っ! ちょっとルート! や、やめてよね」

「ん? ああ、悪ィ」


 手を離すと、シンシアが数歩後ずさった。
 ああ、俺今汗臭かったかな。悪い事したな。


「もう、いきなり抱きつかないでよ!」

「だから言ってんじゃん、シンシアが好きだって」

「だからっていきなりは困るの!」

「じゃあ俺のこと嫌いかよ?」


「嫌い、じゃ…ない…けど、さ…」

 なんで拒否されてるのかが分からないぞ。

 嫌いじゃないなら付き合ってくれても良いのに。やってることには変化無いんだしさ。


「あ、そうだ。カエル見なかった?」

「…はぁ…もう、鈍いなぁルート!」


 そう言って、シンシアは両手を揃えた。



「モシャス!!」
 ぼわわん、と、煙。

 やめてくれよ換気悪いんだよこの部屋。

「ちょ、シンシア?」

 手で煙を払い、若干むせながら状況を把握しようとする。


「―ゆーしゃ様っ!」

「…あ? ……あれ?」

 足元にはあのカエル。シンシアの姿は無い。なんだなんだ。何事だ。


「―うふふっ、びっくりした?」

 カエルが喋り、今度は、煙もなく、
 カエルは変身して、シンシアになった。


「モシャスっていう呪文だよ。
本当はもっと考えてからの方が良かったんだけど、早くルートに見せたかったんだ」


 俺の顔は、今相当ひどいことになっているだろう。
 擬音すると、ぽかーんって感じ。

 ……スゲェ。


「じゃね!」


 シンシアはそう言うと白いウサギに姿を変え、階段を駆け上っていってしまった。

 ……なんだか、なぁ…。


「…置いて行かれた気分だ」

 いや実際置いて行かれてるんだけどそっちじゃなくて。

 あーあ、くそぅ、

「ま…地道に明日も頑張ろ」

 才能がないならしょうがない。地味に頑張るしかない。

 呟いて、階段を上がった。虚しい奴。


 登り切ったらシンシアがいないかなー。なんて期待は当たるはずもなく、案の定平々凡々の風景。

 いや、いた。丘の上に。あそこはシンシアの定位置だ。


「ルート! また何か覚えたら驚かせてあげるね」

「いつまで言ってられるかな。俺だって魔法の一つぐらい…」

 言いはするが、シンシアにかなわないことぐらい分かってる。
 シンシアはエルフだから、人間の俺がかなうはずがないのだ。

「…でもルートは剣ができるじゃない。
…その、さっき飛び込んできたルート…」


「かっこよかった?」

「もう! ち、違うよ!」

 けらけら笑いながら、後ろ手に手を振った。「違うんだからねー!!」と、シンシアが叫んでいる。

 家に入ると、食卓の匂いがした。テーブルには皿が並んでいる。

「沢山練習して疲れただろ、もうご飯にするかい?」

 俺と似ていない母さん。それは父さんも共通だ。

 …もしかして、と、可能性を疑ったことはある。
 けど、考えないことにした。いいや、考えたくないだけかも知れない。

 とにかく、それは今突き詰める必要のないことだ。


 一日が閉じてゆく。

 変わらない日が終わる。


 そして、俺はそれがこの先もずっと変わらないものだと、…思っていた。



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