導かれし者達

□神の正体
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「――いや、悪かったよ…」

 ひとまずザオラルを掛けて貰った勇者だった。

 全回復はしていないので満身創痍である。

「私は真剣なんですからね! 馬鹿にしないでくださいよ!」
「いや、さ。なんか真面目に励ますの照れ臭くて」
「……本当ですかぁ?」

「何だよ、その疑いきった目は!!」


 叫びながら、ベホマを唱える。

「素直になる!聞いてやるからザラキはよそう!!」

「…そうですね。私もやりすぎたと思っています」

 一応和解だ。

「…で、何、どうしたの?」

 改めて訊かれると、答え難い。

「……それが、ですね…」

 憂いげに、クリフトは溜息をついた。

「…私がこんなことを言うのは間違っていますが」

 地面に落ちた帽子を拾い、胡座の中で抱える。

「――近頃、分からないのです。私が信ずるべき物は一体何なのか」

 ルートからも巫山戯た表情は消え、背後の幹に寄り掛かった。

「神は本当に居るのでしょうか。…おられるのなら、なぜこの世を救済して下さらないのでしょうか」

 わからない。

「私は分からなくなってしまいました。私がずっと信じていた物を、私は今……真に疑っています」

 ルートは、小さく溜息を附いた。

「そりゃあ…神に祈って平和になるなら、とっくにこの世は平和さ」

 彼は、神や天に祈ったことは一度も無かった。


 村を襲撃され、隔離された一室で皆の断末魔を聞いたとき、
 今まで持っていた物をすべて失ったとき、

 ――自らの非力を、噛み締め呪ったあの時に。


 頼れる物など無いと知った。

 誰かに言われて信じることになど、何の意味もないと。

 だから、あの時。

 信じる物は、頼る物は、己自身で決めるのだと―

 この手で確かめられる物しか信じないのだと、誓ったのだ。


「祈るだけじゃ何も変わらない。人は救えないし、邪は祓えない」

 あれから、仲間は増えた。

 皆は自分を勇者と仰ぎ、共に世界を救う使命を背負った。

 ……なんて、言うけれど。

「だから、俺らが居るんだろ?」

 世界を救うと称して、…復讐に燃えている自分が居る。

 あの時一度だけ聞いた名前。

 ――デスピサロ―


「祈って変わるなら勇者はいらないさ」

 そう切り上げて、ルートは仰向けに寝転がった。

 折り重なった木の葉が光に透けて、キルト地のように模様を刻む。

「……何を信じるかは、自分が決める」

 空は、穏やかな晴天で。

「クリフトは何を信じる?」

 その言葉と共に、強く風が吹いた。

 クリフトの黒髪が風に流される。
 流れる新緑色の髪の間から、意志の固まったブルーの瞳が覗いていた。

「……私に、決めろと」

 答えて、ルートは子供のように笑った。

「…それは、容易ではありませんね」

 今まで信じていたもの。
 信じるために許さなかったもの。

 自分を築いたそれの為に、
 捨てて、守って、

 時には絶望して
 膝を折って
 縋って、頼りにして

「――信仰は幼き頃より馴染んできたものです。」

 世界を、見て

「それを捨てることは、私の大半を無くすようなもの」

 今から、別のものに乗り換えるなんて事は―

「私は―捨てられない」

 傍らでルートが笑った。

「――気付いちまったのに?」

 クリフトも微笑する。
「…はい」

 決定を記すようにニカッと笑って、ルートは弾みをつけて起き上がった。

 ウェーブの掛かった緑の髪が、微風になびく。

「――じゃあ良いさ。
ってェことは、クリフトが信仰を選んだって事だ
神を信じるんだと、自分のアタマで選んだって事だ」

 それはお前の選択なんだ。と。

「宗教は必要だ。心が縋れる何かになる。
それが本人を苦しめるようなら、辞めた方が良いんだがな」

「…私はもう大丈夫です。神は居ないかも知れない。だから、神頼みはやめます」

 クリフトの表情は晴れやかだった。

「私は祈るだけじゃない。戦えるのだから」

 ルートが頭を掻いた。視線の先には、変わらず其処にいる仲間たち。

「何も信じられなくなったら、俺達もいるからさ」


「……そうですね。」

 嬉しい、というのか、喜ばしい、というのか

 分からないが心は素直に、そして晴れやかに澄んでいた。

 遠くで、誰かがクリフトを呼んだ。

 アリーナだ。そういえば見当たらなかった。目の届かない所にいたらしい。

「―今参ります!」

 帽子を掴み、駆け出したクリフトをルートが呼び止める。

「クリフト」

「―…?」

 迷うことなど知らなげな翡翠色の瞳。
 真っ直ぐに、視線がぶつかった。
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