パレット・マジック

□とある双子
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 金持ちの考えることは、全く理解できない。

 どこの産地の何年の、あそこ工房のあの葡萄酒じゃなきゃ駄目だ、とか。
 ボクでも三秒で描けそうな落書きを高額で買い付けてきたり、とか。


 ―尤も、最近は気付いたお陰で諦めも付いたのだが。


 何も考えちゃいないのだ、連中は。

 欲しいのは品じゃなくブランドなのだと、よく分かった。嫌と言うほどに。


 だってその物自体が大切なら、何百万もした壷が例え割れたとしても、修復してまだまだ使い続ける筈だ。

 すぐに見切りを付けて捨てると言うことは、割れてブランドを失った壷などいらないという事だろう。


 買う瞬間に考えることなどしない。金に困ったことは無いのだから。

 どこからか湯水のように湧き出ると思っている。


 もし金策に困ったら、何人でも家政婦の首を切ればいい。

 本当は、こんなに必要無いのだ。現に多少さぼっても全くばれない。末端まで管理の行き届いていない証拠だ。

 ボクは、今日も本を読んでいた。今は仕事放棄中。
 あの読み掛けの本を部屋に移している。カモフラージュにほかの本も山積みにして。

 正面から来た執事長。小うるさい嫌な奴。所詮雇われの身の癖に、ボクと大差なんてない癖に。

 自ら望んでここに来たからって、売られたボクらを蔑んでいる。


「―レン、だったか。… お前は今、何をやっているんだ?」

「…メイドの…書庫係に頼まれて、整理の手伝いを」

 こいつの記憶力にはある意味脱帽ものなのに、ボクの名前を覚えていたなんて驚きだ。

 奴の眉が、ぴくりと動いた。疑っている。馬鹿の癖に。

「……あの、何か」

「それは何処に?」

 こいつは頭が働かない癖に面倒くさいから、ボクは馬鹿の振りをする。いつも、いつも。

「…えっと…確か、虫食いがひどいので捨てるようにと…、多分、そう言われたと思います」

 虫食いがひどいのは本当だ。中を見られても問題ない。
 後は、もしもの時にリンが話を合わせてくれればいい。

 リンは、今書庫係の使い走りだから。


「……。―ふぅん…そうか」

 一応、上辺だけでも納得したらしい。

「……あの、もう良いでしょうか? まだ残ってるんで…。いつも、本当にご苦労様です。では!」

 とか、適当な事を言って逃げた。急ぐと言ったので走っても大丈夫。

 やった、上手く行きそうだ。

 部屋に入って、丸ごと隅に積んだ。いつも使っている毛布を掛け、少し焦って部屋を出る。
 ゆっくり、息を吐いた。

 …さぁ、仕事に戻ろう。


 ボクは今、厨房の皿洗いなんかに回されている。身長の関係で腰痛こそ無いけれど。まぁ、身長が何がとは言わないが。

 でも楽な作業じゃない。特にボクみたいな下っ端なんて、ロクな事をさせられない。


 今思えば、まだ庭師の雑用の方が良かった。あのうるさいジジイの命令を聞いていれば良かったのだから。
 ……思い返せば落ち葉さらいしかしていなかったような気がする。つまらなかったが、楽だった。


 ――行き掛けに、書庫を覗いてみた。

 ……まぁ、居ないのは分かっていたけどね。





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