平行世界
□赤い頭巾と青い狼
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ああ、まったく、と、彼女は溜息を附いた。
それは近頃の彼女の癖でもあった。兄はため息を附くと幸せが逃げるとぬかしていたが、そんな筈ない。
一体誰だ、そんなホラを吹き始めたのは。科学的に検証したのか。溜息を附く回数の多い女は不幸だと感じる頻度が高いという統計でもあるのか?
ええ?おい。どうなんだよ。
そもそも彼女がいまこんな恥さらしな格好で歩いているのも、全部兄の所為だ。
赤頭巾は半分呆れながら、頭を覆う頭巾を脱いだ。何が乙女は危険だ。こんなロリロリしいものを被せやがって。
町を抜け、森に入る。近頃、この森には人喰い狼が出るらしかった。街では、出会った者は帰れないともっぱらの噂だ。
確かに人を食らう狼は恐ろしい。が、しかし。しかしである。
では、誰が噂を流したのだという論点になってくる。出会った者が皆殺しなら、誰が帰れないなどと言った。
所詮、噂などそのようなモノだ。くだらない。信じる兄はもっとくだらない。死ねばいいのに。
……さて、兄への悪口もそこそこにして、暫く進むと目の前に花畑が開けてきた。
ここは目を輝かせ、花を摘むのに没頭するべきだ。
が、
「……行くのはハクの所よね。じゃあ不要ないか」
もう赤頭巾は子供ではない。立派な成人女性だ。
―その時、
「―あれ、君は?
…女性が一人で危ないよ。ここには人喰い狼が出るらしいから」
赤頭巾はおもむろに振り向く。
彼女に声を掛けたのは、青いマフラーの優男だった。
「なにか大切な用事でもあるのかい?」
赤頭巾は冷静に言う。男は暗がりに、腕を組んで木に寄り掛かっていた。
「ワインを届けに行くのよ。この森の奥に、友達が暮らしているから」
「…―友達?」
赤頭巾は静かに頷いた。
「ねぇ、」
「なに?」
友好的に微笑む彼に、赤頭巾は言う。
「あなたは…―そんな危険な森に、どうして一人でうろついているの?」
「……。その、人喰い狼を狩るためさ」
軽装の男は言う。
「君のような綺麗な人が襲われては大変だ」
「それは…どうもありがとう。―あなたは、なんと呼べば良いかしら?」
「―狼と、呼んでくれ」
赤頭巾は小さく笑った。
「狩人を狼?」
男…―狼は、冗談めかして答えた。
「センスが良いと思わないかい?」
「―そうね。最高に悪趣味だわ」
――青と赤の瞳が、真っ直ぐ睨み合った。
赤頭巾は、僅かに目を細め、
「―ごめんなさい。…失礼したわね、狼さん」
青マフラーの狼は、何の気なしに微笑む。
「ううん、ネーミングセンスの問題だ」
赤頭巾は頭巾を被り直し、歩を進め駆けて、振り向いた。
「―そうだ、狼さん。ひとつ訊いても良いかしら?」
「構わないよ。この森のことなら何だって訊いてくれ。
…俺は誰よりも、森に詳しいからね」
赤頭巾は笑う。
「私ちょっと急いでいるの。森深くにある小屋への、近道を教えてくれないかしら」
ぺろり、と
狼は唇を舐めた。
「―お安いご用さ」
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