悪ノ物語

□おやつ
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 王女のおやつを作るのはボクの仕事だ。
 今日もおやつを作り終えて、王女の部屋に向かった。だが、そこは蛻の空だった。

 と、いう訳で。ボクは今城中を走り回って王女を探している。

 何か城内での催しで留守だったのなら何の問題もないが、王女が脱走した、とか、誘拐された、とか。……そういう事件だったら冗談じゃない。


 ボクよりも大切なキミ。

 家臣が反逆を起こしても

 民衆達が革命を目論んでも


 ――例え、世界の全てがキミの敵になっても


 ボクがキミを守ってみせるから


「――王女様!」

 誰が何と言おうとも

 もしキミが悪だというのなら

 ボクも悪だと言うのなら

 ……それでも構わない。


「レン、そんな必死に何をやっているの?」

 項垂れたボクの背後から、そんな声。如何にも楽しげに、笑いを含んだ風に。


「ああ、王女様……」

「随分探したみたいね。私、ジョセフィーヌと乗馬を楽しんでいたのよ?」

「…その、様ですね」


 腰に手を当てて得意気に話す王女の格好は、ドレスではなく乗馬様の服装だ。

「おやつの時間です。お召し替えのメイドを呼びますから、先ずはお着替えを済ませて下さいますよう」

「嫌よ」

 また王女の我が儘だ。

「……そうね、レン。あなたが着替えの手伝いをして? それなら着替えてあげなくも無いけど」

 ボクは溜め息を附いた。
 王女の世話をするのがボクの仕事だ。時にはこんな事もある。
 ボクの呆れた様子に気付いたのか、王女が唇を尖らせた。

「だって! あのメイド好きじゃないんだもの! ああもう、処刑して仕舞おうかしら」

「……分かりました、分かりましたから。さぁ、鏡の間に参りましょう」

 諦めながら答えたボクの声に、王女は途端に笑顔になった。

「――そうね、そうしましょう!」

 ……さぁ、どうしたものか。

 こうなったら、鏡の間にいるメイドには揃って出払って貰わねばならない。
 後で個人的に、王女の心中を耳打ちする必要もあるだろう。そうでなければまた使用人が減ってしまう事になる。

 あれこれ考えながら歩き出していたのだが、ふと見ると傍らには王女が居ない。


「あれ?」

 ハッと振り向くと、そこには一歩たりとも歩いていない王女がいた。


 王女は、静かに右手を突き出す。

「エスコートして」

 呆れるを通り越して、笑ってしまった。
 王女のもとまで行き、右手を取る。

「――これで宜しいですか?」

 満足げに王女は笑った。

「上出来よ」

 またグズられては強わないので、王女のペースに合わせて、鏡の間に導く。


 この手の温度を。
 ボクは守る。

 それが『悪』だと、罵られたとしても。




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