悪ノ物語

□さぁ、跪きなさい!
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 むかしむかしあるところに、悪逆非道の王女様がいました。

 14歳の、彼女の名はリン。



 ――彼女は正に、悪ノ娘。








 今日もまた、沢山の王宮仕えが処刑された。
 民衆達は密かに囁く。今現在女王として君臨している少女こそ、『悪ノ娘』だと。

 民衆の暮らしは日々貧しくなっていく。しかし、悪ノ娘はどこ吹く風。今日も今日とて贅沢三昧。

 愛馬のジョセフィーヌに跨り乗馬を十二分に楽しんだ後には、彼女の大好きなおやつの時間がやってくる。

 午後3時。教会の鐘が鳴る時間。


「――あら、おやつの時間だわ」


 ―いかにも楽しげに、今日も彼女はそう言い放つ。

「早くお部屋に行かなくちゃ。レンが大変だもの」

 鼻歌交じりに、上機嫌の王女。

「王女様、何もお部屋まで向かわれなくとも、すぐに召使いが参りますよ」


 笑いながら進言をしたのは、最近王宮に就いたばかりの調教師だった。


 ――彼の言葉に、周りの使用人が一様に青ざめた。
 が、時既に遅し。既に形にした言葉は呑み込めない。

 零れたミルクはコップに戻らない。


 王女の笑顔が、一瞬にして失せた。


「――あなたは、私に指図をするの? まさか、あなた如きが」

 調教師を見据える王女の目は、何よりも冷たく、狂気を孕んでいた。
 とても美しい華なのに、

「ふざけないでよ。私は王女よ」

 彼女は、棘が多すぎて


「――この男を、死刑にせよ」


 誰にも、触れられない。


 使用人達は、彼女の令に誰一人として答えなかった。
 表情も何もかも、凍り付いたま。
 当の調教師はというと、悪ノ娘の言った言葉が理解できないようだ。

 唖然、という描写が一番相応しい。


「聞こえなかったの?」

 真に迫った王女の声に、彼らの肩が大きく震えた。

 死の宣告をされた男の表情は、呆然から絶望へと変わっていく。

「―は…はい、畏まりました!」

 やがて周囲が答えた頃には、既に彼女の興味は他へ逸れていた。
 処分の決まった調教師になど、石ころに向ける程度の関心しか存在しない。彼女にとっては焼却炉のごみと同じ。

 そんな事より、今の彼女にはおやつの事しか頭にない。


「王女様! 王女様どちらに居られますかー?」

 悪ノ娘の放った一言によって重く一変した馬場に、ボーイソプラノな声が響いた。
 冷たく無表情だった王女の顔が、塗り替えられたように明るくなる。

「レンだわ! 急がなくっちゃ」

 楽しげにそう言うと、乗馬用の服装のまま、走り出した。

 悪ノ娘が城内で一番気に入っている者。王女付きの召使い、レン。
 顔の良く似た召使い。

 それに対して、今日も王女の理不尽な声に、命を落とす者がいる。

 ――この城で生きていく条件。固定されたそれは、今や暗黙の共通点となりつつある。

 狡く、賢くあること。
 生に貪欲であること。

 そして、『悪』であること。


「さぁ、跪きなさい!」

 隣国の使者に、悪ノ娘は言い放つ。

 これは、悪ノ国家と双子の物語。



さぁ、跪きなさい!






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