幻の大地
□アイデンティティ
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時に、ソルドさんは神妙な顔をする。
いつもは騒ぐタイプの人間だ。
―なのに、あの時はまるで、価値を突き詰める哲学者のような顔をする。
ほら、…―また
ソルドさんは、遠くを見詰めている。
「―…」
ガタガタと揺れる馬車に揺られて、金のピアスが煌めく。
悪戯っ子のような眼は、出来上がった人格者のように穏やかで。
……実は普段、馬鹿のふりをしているんじゃなかろうか。
何を考えているのだろう。
人には、僕には言えない事なのだろうか。
「―ソルドさん」
僕の声に、つぃっと青い瞳が向けられた。
「?」
「どうしましたか、なにか物思いに耽っているようでしたが」
「……別に、何でもねェけど?」
そう言って冗談めかして笑いながら、僅かに視線を逸らした。
僕は、鼻の頭に引っ掛かっていた眼鏡を押し上げる。
「―ソルドさんは、いつもそんな顔をします」
彼は少し驚いたような、そんな眼をした。
゛
「……さっすが…。―案外油断なんねーの」
得意になって鼻を鳴らした僕だが、ゲントたる立場を思い出して急いで取り消した。
「―えと、ソレはともかくとして……
つまりその―何かあるならお聞きしたいと」
言っていて不安になってきた。
僕がしていることは、無駄なお節介なんじゃないか。
「……んー…。『何か』ねぇ…」
いや、大した事じゃないんだけどさ。…と、前置きして。
ソルドさんは言葉を続けた。
「――ちぃっと記憶が氾濫しててな」
自分のこめかみを指しながら、そう言う。
「場面によってオレが変わるんだよな。
全部オレなんだが……全部違う人間、全部違う人格でさ。それとどう折り合いを付けたらいいのか最近分かんねーの」
淡々と話すソルドさんの話を聞いて、納得してしまった。確かに、ソルドさんは沢山いた。
真実の姿。ムドー討伐に赴いた果敢な王子。
現実世界の気弱な青年。王子が記憶を失った姿。
そして主人格。只の村の青年で王子の見る夢。
…同時に、すべてを理解できない不快感が残る。
「……それはどんな感じなんだか―私には全く想像に及びません」
ソルドさんの豹変ぶりはすごい。本当にすごい。
レイドックの城に行くと、礼儀作法の成った国の跡取りに相応しい姿に。
現実世界の村に帰ると、優しく気弱な青年に。
夢世界の村に戻れば、いつも通りのソルドさんがターニアさんにいちゃついていて。
本当に同一人物なのか疑ったぐらいだ。