導かれし者達

□序章
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 今日もこの村は相も変わらず平和だ。


 毎日毎日、似て非なることの繰り返し。本当に平和で、悪く言ってしまえば退屈。

 つまらないと言えばそれまでなのだが…。…いやいや、あくまでも平和と表現するべきなんだろう。


 争い事なんか誰が仕事しないだの、夫が寝てばっかで邪魔だだの、取るに足らない事ばかりだ。
 ……あとは、家の裏で猫が喧嘩してるぐらい。


 俺は、今日も地下の倉庫で剣の稽古をしていた。
 師匠であるべき人にはまだ強わないが、いずれ追い越してやろうと思っている。
 そういう所が無駄に負けず嫌いなお陰で、それほど退屈はしない。


 それでも、あの村の出口の向こうに行ってみたいと思うことはある。
 知らない世界を見てみたい。単なる好奇心に過ぎないが、俺だってそれなりに真剣だ。

 現に、もう何度も脱出に失敗している。
 その所為か、最近は前よりも管理が厳しくなってしまった。


 …くそぅ…隙を狙うのは大変なんだからな…。

 …さーて、次はどんな手を使って脱出してやろうか……。


「―ぁッ!?」


 ちょっと余所見をしたその瞬間、握り締めていた筈の銅の剣は弾き飛ばされていた。

 金属の歪む音と、それが石畳に叩き付けられる音。地下という立地のため、それは四方に反響して、…ああ、だからつまりすごいウルサイ。


 何度も経験済みなので金切り音が来る前に反射的に身を竦めていた。

「――っッ!!」

 ああウルサイ。この音大っ嫌いなんだ。

 まるで平気な顔で、こいつは言う。


「ふふ。気を抜いたな、ルート。疲れたか?」

「……疲れてないって言っても、まだやるつもりなんだろ?
いいぜ、まだまだ!」


 剣を拾い、構え直す。俺だって悔しい。今日こそは、と、毎日思っているのに。
 毎日ってのがミソだ。いつもかなわないって訳。

 なのに、今日は笑い飛ばされてしまった。

「やるなぁ。いいよ、無理はするな。今日は止めにしよう」

 ちぇー、と悪態をつく。

「なんだよー…、今日こそは勝ってやろうと思ってたのにー」

 また笑われた。

「毎日同じ事を言っているじゃないか」

「毎日同じ事を思ってるんだよ!」


 でも、勝てない。

 思うだけじゃだめだ。力が足りてない。当分無理だと分かってはいる。

「…お前は、まだ焦らなくて良い。その時が来たら嫌でも戦わなくちゃいけないんだ」

 ―出た。『その時』
 誰も彼も、みんなが口々にそれを言う。けど、その意味が俺には分からない。大人達は…いや、同い年のシンシアでさえも分かっている風なのに。

 隠し事は嫌だ。気持ちが悪い。


「その時って何なんだよ? 意味が分からない」

「いつか分かるさ。お前にもな」

 訊いたって無駄なのも分かっている。
 いつもなんだ。


 小さい頃から言われてきたこと。知りたいという気持ちは、成長につれどんどん膨らんでいく。
 ぶすくれた俺にお疲れとだけ言って、彼は倉庫から出て行った。階段を登る足音が反響する。


 戦わなくちゃいけない?

 …せめて、何と戦うかぐらい教えてくれたって良いじゃないか。

 目的も分からずに稽古を積むよりずっと捗る筈だ。目的に添った練習を積んだ方が良いに決まってる。


 魔法だって習ってる。魔法使いのじーさんだ。
 今度は今度はと言って、いつまで経っても強力な呪文を教えてくれない。忘れているのかも知れない。

 とにかく、意味の分からないまま積む練習に価値があるのか? と、自問してみる。


 確かに腕は上がるだろう。だが、それだけだ。その先が見えない。見通しがつかない。

 意味は分からない。口々に言う『その時』が来るまでは、意味があるのかすらも分からない。


「…あ〜…俺もそろそろ行かなきゃ…」

 銅の剣を支えに立ち上がる。丸一日酷使した筋肉が痛かった。

 階段を登りきり、いきなりの眩しさに目を細めたとき、



「…勇者様…。勇者様…」


 その声はした。

「?」

 誰だ、勇者って。俺のことか?

 空耳かも知れない。いや、絶対に空耳だ。知らん振り知らん振り。俺は何も聞いてない。

 何も聞かなかったことにして、家路を辿る。

 腹が減った。…まだ食事には早すぎるか。まったく、やれやれ。


「勇者様…こっちです勇者様」

 小さな小川に掛かる橋に足を掛けた、その時。

 小川から何かが飛び出した。


「…か、…カエル?」

「勇者様」

 カエルが喋った。さっきからの空耳の声だ。


「うえっ!?」

 空耳じゃなかった。カエルが喋った。しかも女の声。

「こんな姿で申し訳ありません。わたし、実は一国の姫だったんです。」
「…は、はぁ」

 どう受け止めるべきなんだろうか。稽古のしすぎで俺の脳味噌は干からびてしまったのか?
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