パレット・マジック

□とある双子
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 とある国には、とある大富豪の屋敷があった。

 そして、そこに使える数ある使用人たちの中に、とある一対の双子がいた。


 一卵性双生児であろう。見紛うほどに、何から何まで2人は似ていた。

 ふたりは、『リン』と『レン』という。



 その片割れレンは、薄暗く浅く埃の積もった部屋で、分厚い本を開いていた。

「……」


 彼は無言で、次々ページを捲っていく。部屋が暗いためか紙面に顔を近づけ、周りが見えないほど集中しているようだ。

 突然、派手な音を立てて積み上げられた本が崩れた。


「っ!?」


 レンは青い瞳を大きく見開き、細い肩を震わせた。

 音の方を見やると、無残に崩れた本の山。その上を、小さなネズミが鼻を鳴らして駆けていった。

 ネズミの与える衝撃で倒れるほど不安定に積まれた本。

 誰が積んだのかと、レンには呆れるような表情が浮かぶ。


 何となく見上げた窓に、弧状の月が映っていた。


「……あぁ、もうこんな時間なんだ」


 素直な感想を漏らした。
 随分前から此処にいたようである。

 そろそろ仕事に戻った方が良さそうだ。


「……いや、…もう遅いな」


 月の高さからいって、就寝時刻はとうに過ぎているだろう。

 今夜は屋敷でパーティを催すこともない。だとすれば、メイドに用があったとしても野郎の執事に用事はない。


 その日の夕食は仕事上がりに支給される。



「…諦めよう」


 つまり、今夜は夕食抜きだ。


 レンは床の適当な紙切れをページに挟んで、本を閉じた。

 誰にもふれられないように部屋の片隅にそれを置き、崩れた本を適当に積み上げてその場を後にする。

 ……前回積んだ人も、きっとこんな状況だったのだろうと思った。




 ―この国の習字率は、50%。約半数。

 レンや姉のリンの様に、身寄りがなく屋敷に住み込みで働いているような子供たちは、文字を読めないのが普通だ。

 裕福な家庭の子供は学校へ行ける。教師を雇うことも出来る。


 けど、中流や下流の家庭の子供は読み書きを習えない。
 計算も親に教わり、簡単なものが解ける程度だ。


 彼の姉のリンも例外なく、読み書き計算は殆どできない。しかし、例えそれが出来なくても仕事は出来る。


 それが読み書きが広まらない理由のひとつでもある。


 
―自室へ向かう途中、廊下に設置された振り子時計に目を遣った。

 もう直ぐ、長針が短針に重なる。レンは一度立ち止まり、秒針を眺めながら呟いた。


「……――4、―3、2、1―」


 ―響く重低音。


「…―シンデレラは、帰る時間だ」


 律儀に12に重なった長針と短針。


 12回鐘が鳴る。それを背中で聞きながら、レンは自室へ歩を進めた。




 ―彼は字を読める。

 それは誰に教わったわけでもなく、自力で覚えた物だった。


 頭が働く方だとは、思う。


 リンほど正直で真面目じゃないのは、自ら重々承知していた。

 そうだったらサボって読書なんかしないだろう。

 …ただ、


 それを繕うだけの回転の速さを持ち合わせているのも、また、事実だった。


 自分が醒めていることは自覚する。


 それについては何とも思わない――…いや、前言撤回。少しは思うが。

 『誰か』を見て、馬鹿馬鹿しい―と。


 これは蔑みなのかもしれないな、と思った。



 自分より馬鹿な贅沢者達を、大人を、蔑んでいる。


 別にそれでも良かった。
 何だっていい。それで意味のない毎日が過ぎてくれるなら。


 部屋に着き、なるべく音を立てないようドアを閉めた。

 既に暗い部屋では片割れが深い眠りに墜ちている。
 リンとレンは相部屋だ。


 リンの側に寄り、その頬をゆったりと撫でて

 その小さな身体に、配当された薄手の毛布を掛けた。



「――なんだって、構わないんだ」


 声変わりをしない、少年の声。



「――……ボクの正義はリンだけだから」


 低く響く、その声は―

 ―今だけは、正義じみた言葉だった。




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