HONN
□温かいものたち
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すごい、と思った。
ひとがあんなにも簡単に死ぬなんて。
黒い服の男は、両手合わせて六本もの刀を有していた。
予備などではなく、あれは全てでひとつの武器だったのか。
自分より少し離れた場所で戦っていた。時折は振り返って、こちらの安否も伺っ
て居るようだった。
優勢、そう思いたい。
だが目に見えて彼の刀が振る速度を落とす。湧き出るような敵に、多勢に無勢は
当たり前だ。
…何とかしなくては。
…何が出来る、
ぐっ、と悲しくなるが、泣いて状況が改善するはずもない。
−どうする…?
ちゃりん、と服に忍ばせた六つの銭飾りが鳴る。
自分は父にとって、真田にとって、道具だ。この飾りだって、重い使命にも思え
る。
(道具−…)
は、っと気付く。
そうか、道具。
一か八かではあるし、死ぬ確率の方が大きい。
でも、
ざ、とわざと音を立てて、交戦する者達の視界に踏み居る。
「…お前、何してっ…!!」
表情を変えた男の先、やはりこちらを見る者達をみた。
視野に入るだけで10は居る。
「もう良い!!俺は真田が長、昌幸の次男だ!」
ぐっ、と胸の紐を引くと、ちゃりんと鉄の掠る音。
「俺を殺せば、禄が出るだろう!捕まえれば、道具にもなる!!」
こんな出任せ、事実であっても信じるのか疑問だった。何より幼い子供の言うことを信じるかどうか。
「……!!」
それでも
ひゅ、といくつかの影は動く。
弁丸は本能かその影を見る前にきびすを返した。
そうだ、走れば良い。
運良く罠まで行ければ成功だし、たどり着かなくとも良い。
彼から離れてしまえば、
少なくとも彼は生きて残るだろう。
あの人を死なせてはいけない。
心が確信的に
そう思ていた。
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一瞬で流れが歪んだ。
童は声変わりの見られない澄んだ声で主張し、走り出す。
(あの馬鹿!!)
流石に腕が重かったが、まだ立てたし、雑魚が群れようと己には勝てない。
優勢ならこのまま、不利ならば『本来の姿』に戻って一掃するか、猫になり逃げれば良かった。
どちらにせよ、後方で見ている童が居る限りは後者の選択肢は政宗には無い。
無いわけではないが、
(−何でこんなにも…!!)
こんなにも気にかかる。
悪態をつきながら、腕を左右に振る。
その切っ先が、弁丸に意識をとられていた敵を斬る。
紅が勢い良く噴出し、倒れるより早く足は弁丸に向かう。
幼子は木々の向こうに消えている。
−今なら。
ざわ、と体が泡立ち、全身に血が通う感覚がする。
「ひっ…!!」
政宗の体から放たれた力に、悲鳴を上げる人間。弁丸を追わなかった人間は運が悪い。どちら側に居ようと、結局は殺すが。
「It was unlucky. …Die.」
力が渦巻いて、周りを消した。
この姿を晒すなら、確実に死んで貰わなければ。
そうして二股に別れた尾を持つ化け猫は漆黒の毛並みを逆立てながら、人間に噛みみついた。
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「は、っはぁ、」
走れば、緊張と相まって瞬く間に息が上がる。
体力など子供と大人、比べれば歴然で。幸いな事は、様子を伺ってなかなかあち
らも手を出さないと言うこと。
それとも、疲弊した所を襲う算段か。
(どちらにしても、少しでも長く!)
先ほど、己の後方で音がした。
あの男の仕業であれば良いが。
「…、あ!!」
ざん、と足がもつれ転ぶ。擦り切れた足や手に痛みが走るが、気にはしない。
動け…!!
直ぐに起き上がり、走り出す。
額が熱かった。男になだめる呪いのように唇を落とされた額は、今汗と土に汚れ
ている。
……!!走れ!!
どちらも生き残ったら、そうだ、名前を聞こう。
自分の友達のような、漆黒の美しい人の名を。
やがて視界に広がった少し広い場所。
起動する術は知らない。
けれど、
ついに追いついた敵を引きつけて、広場に出た。
足元が、
光を放った。
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ざざざ、
と木々を無造作に進む。
人型よりも遥かに破壊力を有する姿では、逆に殺し漏れが無いか慎重になってし
まう。
それでも早々に型をつけて、弁丸を追った。
途中何人かの人間をかみ殺しながら、走る。
この姿なら、直ぐに追いつく筈。
あの子供が何を考えているかは分からないが、良い考えでは無いだろう。
ざ、
踏み込み、低木を抜け出した少し先に、幼子の姿が見えた。
次の瞬間に光に飲まれ、
爆発の音。
(土蜘蛛…!!)
真田はこんな近くにも罠を張っていたなんて。
一度爆発すれば、引き金となり連鎖していく。
何人かは巻き込まれ、致命傷となるだろう。だが、それよりも、
…弁丸−!!
収まった爆発の名残で煙が渦巻く。幼い子供は、取り残されたように倒れていた
。
出血よりも、火傷。
爆発に飲まれても外傷が致死にいたらなかったのは奇跡か…まだ罠は開発途中だ
ったのかもしれない。
(くそっ、)
幼い子供に覆い被さる。…息はしている。
だが息をしているだけで意識はない。
さらに周りの敵も死んではいなかった。
軽症、あるいは無傷。
意識のない幼子を守るように、政宗は大きな体に生える漆黒の毛を逆立た。
死なせない、絶対に。
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