HONN

□温かいものたち
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ばたばたと慌ただしい足音がする。

久々の本家も、常よりも騒がしい。

女中や下人だけでなく、武士らしき人間も出入りしていた。

その中をまるで泳ぐように逆に進む、小さい影があった。

弁丸はなるべく邪魔にならない様に人を縫って進む。

弁丸を気に留めない程に事は切迫しているのか、声を掛ける人間は少ない。

その最奥の部屋。

「父上」
「…弁か」
「はい」

父親に促され、室内に入る。
小さい体は父親の私室には不釣り合いな印象を受けた。

「いくさ、ですか」「いや、小競り合いの方だ。…国境で」「…、」


俺も、と言いたかったが、10にならない子供が何の役に立つのだろうか…と思
う。
父親も弁丸を戦に出すつもりは無いらしい。

情報もそこそこに、いつもの離れに帰された。


「ごめんね、弁丸様」


自分と一番仲が良い忍でさえ戦に出されるのか、佐助も短く謝って戦衣装に着替
えていた。

少し切羽詰まった様子から、事は意外に大きいのか…とも考えた。

しかし弁丸には何も許されて居なかった為に、まるで取り残された様な気持ちに
なる。


そうだ、まさむね、


1人になったいつもの庭で、弁丸は隻眼の黒猫を考えた。

2、3日前からぷっつりと彼の訪問が途絶えた。


仲が良くなって、良くこの庭を一緒抜け出す様になって一年と少し。

黒猫は相変わらず気ままだったが、1日に1度は何らかの型で弁丸の前に姿を見
せたのに。


寂しい、


佐助や黒猫のおかげで、こんな想いは久々だと感じた。

胸にすっと何かが通る感じ。

寂しさ、なんて久々だ。

遠く、国境で火薬のはぜた音がした。


戦か、小競り合いか。

敵のものか、父上の策か。


そのようなもの、どちらでも構わない。


弁丸は顔を上げ、決心したように抜け穴を目指した。

黒猫が示してくれた道。


もしかしたら、黒猫は戦に巻き込まれてしまったのかも…

気まま過ぎる猫は何をするかわからない。



行かなくては、



良し、と1人決意をして。


暗い森へと続く道へ向かった。






…自分の唯一無二の友達を探しに




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「I'm mad!ふざけんなっ!!」


右後ろの死角から、鉛弾が飛ぶ。
片目の自分なら尚更隙が出来る。

だが死角といえども、己の癖や欠点さえわかれば関係無い。

避けてかわして。


取り敢えず、おびき出そう。


(にしても、数多くねぇ?!)


有り得ねぇ、とうんざりする。

いくら戦衣装で武器さえ携帯している姿だといえども、複数対一個人では意味が
無い。


アイツはそんなに数はねぇ、とほざいていたくせに。


走り、攻撃を受けたり避けたりしながら目標の場所へ急いだ。


アイツ…


無邪気な子供とは似ても似つかない父親を思い出した。

敵はこちら側に数は回さないだろう、だから


と真田の切り札的な己が出された様なものだった。


本来戦は好きだが、気分による。


今までだって気ままに生きて来た。


それはそれは長い長い時間を。


一体いつから、とは考え無かった。


数える事さえ、面倒なほどの長い年月を生きている。



今の家にも気紛れで身を寄せた様なものだ。



(…猫は家に着く、か…あくまでも)

自分は猫ですらなく、妖怪や物の怪に近い“もの“だろう。

しかし猫の姿があまりにもしっくり来てしまう。

それも、アイツに慕われるからか。


猫は、家につく。
それは人につく事は無いのと同じ。低俗で従順な犬とは違う。





犬…



思い出しながら、口元が緩んだ。
まるで仔犬のように後ろ髪を揺らすあの子供は、今頃何をしているのだろう。




人にはつかない筈の自分が、どうにもあの子供には付き合える。


人など、信じない自分を、ましてや片目の不幸をよぶ、不出来な猫を

変わらずに抱き上げる子供。


(当てられたのか)

苦笑した。ここ数日この姿で戦をしているから、事実上あの子供が探している黒
猫は居ない。


早く帰ろうか、



そう思った瞬間、目前の草木が揺れた。



「?!Now what?!」
前から敵など来るはずはない。


ましてや殺気も感じない。


柄に手をかけ、六ある爪のひとつを抜こうとした、瞬間、



目の前に出てきたのは、


「…まさむね?」

幼い栗毛の子供だった。



*************
目の前に現れた「黒」に、


一瞬黒猫の名を呟いた。

大きさなんて全く違う。ましてや、それは人間だった。


敵か味方か。


「…―ぁ…」


わからない状況に足が竦む。

怖い、



足を明後日に向けようとした瞬間、

「この馬鹿餓鬼!!」


と、同時に体が浮く感覚。

見れば黒い戦衣装の男に抱えられている自分が居る。


(…この匂い…)


持ち上げられた時、いずこにか運ばれる今、薫る香。

以前花畑で会った匂いだ。



「…そなた、前に」「Ah,覚えてたか…が、今はそれどころじゃねぇ」


短く言いおいて、刀を振るう。
左に自分を抱き上げた状態では振り辛かろうに…

刀は後五本見て取れた。予備だろうか。

「後少しで、『土蜘蛛』に着く。それまで辛抱しろよ、you see?」
「つちぐも…」


土蜘蛛、とは父が付けた名だ、と弁丸は思った。

土に無数の火薬が埋められた場所。その細かさから蜘蛛の巣のようだ…と。


ならば「彼」は味方なのか。


「そなたは真田のものかっ」
「ったく!!それどころじゃねぇって言ってるだろ?!」
「気になるのだっ!!」
「あ〜うるせえ!!」


走りながらどこか余裕のある男。

逃げに力を入れる気なのだろう、刀をしまい、弁丸を抱え直した。


「アンタには何回も会ってる」
「おれはしらぬっ」「アンタが知らなくても俺は知って…」


ひゅ、と風を切る矢の音。


ーしまった…!!


「Shit!」


その矢が右肩を裂く。人間の矢や鉛は『毒』だ。

手の入ったものは、人の思念がまとわりついている。


…だから当たりたく無かったのに。


あと1里はあるまでに、矢の毒は体を蝕むだろう。かすっただけでも、己には痛
手だ。まして子供がいる。


「!!大事無いか?!」

心配そうな幼い子供の顔が近くにある。
「大丈夫じゃねぇよ。…せっかく一掃出来るchanceだったのに」



はぁ、とため息をこぼす。


本来なら、多勢に無勢、


無駄な労力は使いたくないのだが。


「そこら辺の影に隠れてな、」



弁丸を下ろし、木陰を示唆する。


「…怖がるな、すぐ終わらせっから」


心配そうに見てきた子供の額に、


まるでまじないか約束のように唇を落とした。




本当に、自分はおかしい。



こんな人間の子供の為に







牙を抜くなんて。



「…Calm down, will you?」







そうして、六ある柄に手を伸ばした。
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