HONN

□温かいものたち
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父の代から居た「彼」は、ものごごろつく頃には、いつも隣に居た。


さわさわと心地よい梅雨の前。

縁側でのひなたぼっこはとても心地よいものだった。

すやすやと眠る栗毛の少年は、気持ち良さそうに眠って居た。

そこに小さな影が重なる。

音もなく寄って来た黒い影に少年は気付く素振りも見せずに寝ている。


「ん…」

ざら、っと舌で頬を舐められ、薄く目を開く少年。黒い影を見つけ、にこりと笑
った。

「まさむね、」

少年の呼びかけににゃあ、と鳴いた猫。
黒く艶やかな毛並みに片目の猫。

まさむねは少年の伸ばした手をペロリと舐めた。

「くすぐったい」

笑う童にまたにゃあ、と鳴いて身を擦り寄せ、少年のなぜる感覚に目を細めた。









まさむねは齢ならとうに20は越えて居るはずだった。

真田の家の下人下女達は皆黒い猫を嫌がったが、

祖父や父は「禍を身につける」事で真田の安泰を願っていた。

どのみち、元服もまだの子供には小動物との触れ合いを楽しむ事にしかならなか
った。

「今日は良い天気だから、お前も弁と一緒にねるの?」

黒猫をなぜながら、少年ー弁丸は外を眺めた。

戦も無い最近は平穏で、静かなものだった。

雲が滑らかに空を進んでいく。

良い天気

すり、と寄って来る黒猫に目を細めて


少年は自分の膝に黒猫をのせ抱きしめた。


「こんなに良い天気なのに、おれは今日も外には行けないのかなぁ」

その呟きが、無駄だと言う事もわかっていた。

外は乱世。いくら平穏だからと言って、祖父や父は弁丸の外出を許さなかった。
「まさむねは良いなあ、高い塀も越えて外に行けて」




真田は大事な次男をみすみす他国の人間に晒し、捕縛されない様にしていた。



「…本当なら、お前とあちこち散歩したいのだが…すまぬ」

きゅ、と寂しそうに抱きしめた弁丸を気遣うように唇を舐める政宗。

くすぐったい。

微笑んだ弁丸に、寂しさは少し柔らかいだようだ。

「あ、」

すると、黒猫は弁丸の腕をすり抜け地面に着地。そのまま中庭の隅に歩き出して
しまう。

猫なのだ、気紛れは当たり前。

少し寂しそうに見送る弁丸をよそに黒猫は小さくなる、

筈だった。

だが一定まで歩くと、まさむねは立ち止まって

にゃあ、と鳴いて弁丸を「待って居る」。

まるで後を付いて来いと言うように。


「?」


不思議がる弁丸が、自分の草履を引っ掛け黒猫に近寄ると、まさむねはまた歩き
出した。

小さな弁丸の足取りを気にする様に、歩幅を合わせて歩くまさむね。


「?この先は行き止まりだよ、まさむね…」


中庭の隅。その先は壁に当たる。

ここは壁で囲まれたところだから、何もない筈だ。

しかし気にする事なく黒猫は進む。低い庭木の間をひょいひょいと進んで行った


「あ」

その一角。木に隠れ見えない所に、小さな穴が空いていた。
その穴を黒猫はすい、と通り抜けた。

「待って、まさむね…!!」

子供1人がギリギリ入れる程の穴。

まさむねを追うが一心に、真田の約束など忘れ弁丸は穴をくぐり抜けた。

「まさむねってばっ」

穴をくぐり抜けた先には黒猫がきちんと座り弁丸を待って居た。

弁丸と目が合った時、黒猫は満足したように目を細めて笑った気がした。


「この穴、おれの為に教えてくれたの?」

弁丸が問うと、にゃあ、と返事を返された。

「ありがとう、まさむね」

にっこりと笑って弁丸は黒猫にキスをした。



これからは散歩に行ける。この愛しく小さい黒猫と一緒に。











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